サステナビリティ ステークホルダーダイアログ
大谷社長のもとで推進してきた「働き甲斐改革」は2024年に4年目を迎えます。3年間の取り組みを経た今、改めて取り組むべきポイントとは? 日本企業の人材育成について、ご自身の経験と理論に基づき人材育成論について情報発信をしている坂井風太さん(Momentor代表)をお招きし、ダイアログを実施しました。
開催日:2023年12月13日
開催場所:戸田建設株式会社 本社ビル
今、改めて考えたい。「働き甲斐改革」は本当に社員の皆に届いているのか?
社長:本日はお越しいただきありがとうございます。今回、坂井さんにぜひお会いしたいと思ったのは、当社の人材育成とマネジメントの現状について、専門家でいらっしゃる坂井さんの知見や経験を伺い、人の能力を引き出し、強い組織をつくっていく取り組みにヒントをいただけたらと考えたからです。
そしてまた、若い人たちの仕事やキャリアについての価値観や考え方についても、ぜひ詳しくお聞きしたいからでもあります。当社でも多くの若手が働いてくれていますが、その人たちに対して「これまでどおりの向き合い方でいいのだろうか?」「私たち上の世代は、若い世代をちゃんと理解できているのか?」ということを、今改めて問い直しています。これは社長である私一人の問題意識ではなく、管理職やベテラン世代も、同じような疑問や迷いを抱えているのではないかと思っています。どうぞよろしくお願いします。
坂井:はい。おっしゃるとおり、若い世代を含め、働く人たちの可能性を引き出し、組織の力を強くして目標を達成していくためには、その人たちの価値観や考え方を的確に理解し、そこにしっかり刺さる・腹落ちするように働きかけるマネジメントが必要です。本日はこれまでに私が経験し学習してきた事例や理論をご紹介することで、何かのご参考になればと思います。こちらこそどうぞよろしくお願いします。
社長:坂井さんが出演されている YouTube チャンネルを拝見しましたが、企業における人材育成の課題についての、情熱的で理論的な語りが印象的でした。この分野をご専門として起業されたきっかけやモチベーションは何だったのですか?
坂井:ずっと組織マネジメントの仕事をしてきたというキャリアはありますが、この仕事へのモチベーションは、私自身の経験にあります。入社1年目の頃は「出来の悪い社員」と見なされていたのですが、2年目に別の先輩につくことになったら、急に評価が上がったのです。私自身の資質は何も変わらないのに、指導係やメンター的存在の関わり方しだいでこんなにパフォーマンスや評価が変わるのかと驚きました。若い人たちが SNS などで「配属ガチャ(※)が会社員人生を決める」などと言いますが、実は「上司・先輩ガチャ」のほうが重要です。
そして、自分が中堅の人事担当になったとき、人材育成やマネジメントが上手ではない、または意識が低いマネージャーにどう働きかけるかという際に、経験と理論をベースに話すことで、感情的にならずに納得してもらいやすいと実感しました。このように、実践知と理論を共有して話し合うことで、組織の課題を解決できると確信したことが、この仕事を続けるモチベーションになっています。
※配属ガチャ:新卒入社の場合、配属まで部署・職種・勤務地などが分からず(本人は選択できず)、希望どおりにいくとは限らないことを、カプセルトイ(ガチャガチャ)になぞらえた言葉。「当たり外れがあるが、引いてみないと分からない」といった不安や、入社後の自分の運命が一方的に決められてしまうことへの皮肉を込めた表現。
社長:なるほど。ご自身の体験を経て理論を語られているからこそ、説得力があるのですね。
社長:それではまず、私が社長に就任した2021年から進めている「働き甲斐改革」について説明させていただきます。「働き甲斐改革」とは、「働きやすさ改革」と「仕事のやり甲斐アップ」の両立を目指すものですが、この3年間で行ってきた具体的な取り組み内容を、人材育成に関するものに絞って、簡潔にご紹介します。最初の2021年度は、「働き方改革から働き甲斐改革へ」を新たなテーマとして掲げ、「連帯感・達成感・公平感の達成」「自己発働型社員の育成」「価値観の再構築」を提唱しました。
社長:このように「働き甲斐改革」に3年間取り組んできましたが、実は今「働き甲斐というキャッチフレーズやこれらの施策が、若い人たちや中堅・ベテラン層など、みんなの心に本当に届いているのか?」と問い直しており、この先は何を掲げるかを思案中です。
「不満はないけれど、不安はある」若い世代が抱える時代背景や時間軸を理解することが大切
坂井:詳しいご説明をありがとうございました。戸田建設でもすでに必要性を認識して改革に取り組まれているように、人材育成が企業力の向上にレバレッジをもたらすのは確実だと思います。一方、方向性の誤った施策が逆効果となりやすいのも現実です。ご質問をいただいた「若い世代が仕事や職場環境についてどのように感じ、考えているか」ということに触れつつ、現代日本の企業における「若手育成」の現状と課題をお話しします。まず、若い人たちが会社や職場に対して「いても無駄」「言っても無駄」と見切ってしまう現象が増えているように思われます。
「いても無駄」というのは「この会社・職場は働きやすいけれど、ここに居続けても成長できない」という感覚です。いわゆる「ゆるブラック企業」ですね。社内に「自分もこうなりたい」と憧れるような上司や先輩を見いだせず、「このままここにいたら、自分もこうなってしまう」と感じて早期に転職してしまうのです。このように「社内でキャリアを積んでも、どの会社でも通用する人材になれるとは思えない」ことを「キャリア安全性の欠如」と言います。
次に「言っても無駄」という感覚ですが、上司や先輩に何を提案しても「経験の浅い若手に何が分かる」と、まともに取り合ってもらえないため、諦めムードがまん延してしまいます。「キャリアの長い上司や先輩が、経験の浅い若手よりも常に正しい」という偏った考え方は「生存者バイアス」とも呼ばれます。成長への意欲が高く優秀な人ほど、このような「いても無駄」「言っても無駄」な会社・職場からは早期離脱してしまいます。
坂井:「いても無駄」という、キャリア安全性の欠如による見切りが発生する背景には、「若手の仕事人生がより難しく長期化している」という、日本の労働環境の構造変化があります。もはや終身雇用を前提にできず、さらに高齢化や年金支給開始年齢の後ろ倒しなどで働き続ける期間は長くなるので、「早くどの会社でも通用する人材になりたい」というニーズが高まっているのです。さらに、「一人前」になるまでに必要な育成年数についても、上司世代では10年程度なのに対し、若手は2~3年と捉えていて時間感覚にギャップがあることも、「この会社にいても大丈夫なのか」という不安を引き起こします。
一方で、「言っても無駄」という諦めを引き起こす「生存者バイアス」が起こりやすい背景には、一定以上の社歴があれば誰でも人材育成やマネジメントの担当になり得るので、理論を学習していない人の、現場によってバラバラな「自己流」が横行しやすいことがあります。「無理をさせなければ成長しない」「新人のプライドは最初にへし折るのが肝心」などのセリフはその悪い例ですね。管理職・上司・先輩が、自分が受けた教育をそのまま部下に押し付け、たまたま教育方法が合っていた人だけが伸びて生き残り、その他の人はやる気や自信を失ってしまいます。その結果、生かせる人材の幅が狭まり、生存者バイアスが再生産・再強化されるのです。このように育成やマネジメントの手法は次世代に継承されていくので、早めに対処しなくてはなりません。「若手が育たない・すぐに辞めてしまう」「辞めた人とは相性が悪かった」などと言う前に、自社の育成やマネジメント体制を見直すことが必要です。
結果の前の小さな成長を見逃さないことが働き甲斐の種になる
社長:うーむ。せっかく入社してもらった社員に、「いても無駄」「言っても無駄」な会社だと失望・転職されてしまうなどということは、経営トップとして残念だとしか言いようがありません。上の世代に「生存者バイアス」があれば解消して、そういった事態をなんとしても避けなくては……。しかし「上司ガチャ」、上司や指導役の当たり外れやミスマッチはあり得るでしょうね。当社にもメンター制度があるので、メンターを一人だけではなく複数にするのはどうかと考えているのですが……。
坂井:メンターを取り入れるという点は、人材育成において大きなメリットがありますよね。自己効力感や学習意欲といったどんな時代でも必要な人間力の部分はメンターの存在によって育まれることが多いと思います。また、複数のメンターを持つことは、さまざまな視点を取り入れるきっかけになります。一方で、リスクがあって、メンター間での助言が食い違うと若手が当惑しますし、自分がチェックされているように感じる「モニターストレス」も増えやすくなるので、その点は要注意です。一般的に育成やマネジメントを行う主役はミドル(中間管理職)層になりますが、「一つの会社で終身雇用が当たり前」「会社に尽くすのが当たり前」ではなくなった今、事業と組織運営の両方を担わなくてはならないミドル(現場管理職)層の負担は急増しています。ミドル層による適切な育成を期待するだけではなく、全社員がマネジメントの理論を学び、「このやり方は良くなかったな」「このやり方はうまくいったから他の仕事でも試してみよう」などと、自分で気付いて把握する経験学習が重要です。そうすることで、社内の真の経営課題も明確化すると思います。
社長:よく分かりました。先ほど「キャリア早期での見切りが発生している」というご指摘があったように、若い人はタイム・パフォーマンスを重視するようですね。働き甲斐を実感してもらうには、若いうちに成功体験を積んでもらうことが有効ではないかと思っているのですが。
坂井:おっしゃるとおりですね。成功体験をひもとくと、私は営業成績といった客観的な成功体験と、「できなかったことができるようになった」という主観的な成功体験の2種類に分けられると考えています。いかに主観的な成功体験を重ねていけるか、そしてこれをメンターなどの周りの人が気づかせてあげられるかが大切です。売り上げや受注件数といった誰もが分かりやすい成果が出る前に心が折れてしまう場合もあるので、そのずっと前の段階で、小さな達成感を抱ける経験を重ねてもらえるといいですね。
「2週間前はできなかったことが、今はできるようになった」などと、段階的に少しずつでも伸びている・進歩している実感を持ってもらい、上司や先輩もそれをフィードバックしていくと良いと思います。そして結果的に「成果も出せた」となればベストです。
社長:「いてもムダ」(成長できない会社にいても時間のムダ)という感覚から、若い世代にキャリア早期での見切りが発生しているという坂井さんの分析をお聞きすると、経営者として「何とかしなくては」と痛切に感じます。意欲が高く優秀な若手に辞められてしまうのは、企業にとって大きなダメージですから。
坂井:「自分なら挑戦したことを達成できる」という自信を「自己効力感」といい、この感覚が意欲や頑張りの土台になりますが、会社という組織で能力を発揮してもらうにはそれだけではダメで、「自分たちならできる、だからこの会社でやりたい」という「組織効力感」が必要です。組織効力感がある職場とは、「いてもムダ」感のある職場の真逆ですね。自己効力感だけで組織効力感がない場合は、「自分ならできるけれど、別にこの会社でやる必要はない」と感じ、会社や部署の業績が厳しくなってくると、どんどん人が辞めてしまいます。反対に組織効力感があれば、「状況は厳しいけれど、この仲間たちとならまだまだ行ける気がする」と踏ん張ることができ、停滞から脱出できる可能性が大きいのです。
社長:なるほど。私は働き甲斐改革を推進するにあたって、「デビッド・シロタの言う『熱狂する社員』になろう」と社員たちに呼びかけてきました。熱狂する社員とは、達成感・連帯感・公平感がもたらす高いモチベーションを持ち、組織と自分を同一視している、つまり会社に自分のアイデンティティを重ねている人です。連帯感を抱き、会社と自分を同一視することは、「組織効力感」と共通しているように思えますね。
坂井:大谷社長ご自身が「熱狂する社員」であろうとしているのですね。働き甲斐改革に地道に取り組まれているその熱量は、どこから来ているのでしょう? 社長ご自身の働き甲斐は、どんなものなのですか?
社長:私自身の働き甲斐というと、若い頃から「仕事で会社に貢献したい」と思っていました。そう考えることで仕事を頑張れるからという面があったと思います。「自分のために」ではなく、「他の誰かや会社のために」と思う方が頑張れるタイプなんです。性格的に、個人プレイよりもチームプレイが好きだからかもしれません(笑)。
人材育成の理論や言動を社内で共有することが大事
坂井:今日、ほとんどの企業が組織改革や人材育成に取り組んでいる一方で、同じポイントでつまずいているケースも多く見られます。そういった現代の日本企業における「組織制度の三大問題点」についてご説明します。
まず①「働き甲斐」を置き去りにした「働きやすさ改革」の問題ですが、御社はすでに3年前から「働き甲斐改革」で手を打たれていますね。
第二に、②人材育成における「勘とセンスと自社流」の横行です。「自分はこのように育ってきたから、若手も同じように育てればよい」という生存者バイアスが止められないと、上司・先輩と同じタイプ以外は「やればできる」という自己効力感を持つことはできず、「上司や会社に言ってもムダ」と内部の白けムードが進んでしまいます。
最後に、企業のトップが対外的アピールとなる③「空中戦」を重視し、真に重要な現場の「地上戦」を軽視してしまうという問題です。新部署の設立や新しい制度・研修の導入など、メディアや投資家からのウケの良さそうな新施策に投資する一方で、組織の実態をつくる基盤である、現場の中間管理職層には具体的な支援がない。これでは組織効力感は育ちません。
社長:「空中戦」と「地上戦」のギャップを埋めなくてはならないということですね。そのために具体的にどんな施策や支援に落とし込んでいくべきか。働き甲斐改革の取り組みを始めて3年経った今、思案しているところです。
坂井:施策として、マネジメントや人材育成の理論を全社的に共有し、その用語を共通言語化することは有効だと思います。それを実践して成果が出ている有名企業もあります。人財育成やマネジメントでは、会社が箱(制度や仕組み) をつくって「後はうまくやってね」と現場に言うだけではダメで、現場の担当者に道具(使える理論)を渡すことが大事です。ともに理論を学び、具体的にどんな言葉を選ぶといいかという細部まで、用語を共有するのです。例えば、上司が部下と面談する際は、最初に「もし自分(上司) の言うことがあなたの認識と違っていたら、遠慮せずに指摘してね」と声をかけることで、生存者バイアスのリスクを避けることができる、というようなことです。
社長:なるほど。全社的に共通言語を持つことの必要性を再認識しました。私も、人間の社会的成長や成人発達理論について話をするとき、理論や概念のフレームを相手と共有しているとすごく伝わりやすいと実感するので納得です。今日うかがったことについても、私が理解するだけではなくて、社内で共有しなくては。本日はありがとうございました。
対談を振り返って
坂井:大谷社長が「働き甲斐改革が若い人に本当に響いているのか、この方向性を続けるべきなのか、思案している」とおっしゃっていましたが、トップがそのように「迷いもある」と率直に言えることが、健全で大切なことだと感じました。それは経験に裏打ちされた語りでありながらも、それを絶対視しないという姿勢で、生存者バイアスとは対照的です。自社文化を常に問い直し、真摯に検証している戸田建設さんの、今後の人材育成に期待しています。
社長:リアルな分析とご経験に基づいた理論、豊富なノウハウ(実践知)をお聞きして、非常に目からウロコが落ちました。今日の対談で考えさせられたことを、社員の皆さんへの発信に結び付けていきたいと思います。
坂井 風太氏
株式会社Momentor 代表
1991年生まれ。2015年DeNAに新卒入社。DeNAトラベル(現エアトリ)、ゲーム事業部、小説投稿サービス『エブリスタ』などの部署で、サービス責任者、組織マネジメント、事業統括を担当。19年エブリスタ・DEFSTUDIOSの取締役就任。20年エブリスタ代表取締役社長就任。22年8月、DeNAやベンチャー向けファンドから出資を受け、人材育成・組織強化をサポートするMomentorを設立。
大谷清介
戸田建設株式会社
代表取締役社長
当社では4月から新人事制度の運用が開始※されます。そのキーワードとなる「働き甲斐改革」は、大谷社長が就任以来、重要課題として掲げ、推進してきたもの。この働き甲斐について改めて考える機会とするため、株式会社 働きがいのある会社研究所 代表取締役社長・荒川 陽子さんをお招きし、ダイアログを実施しました。
※ダイアログ実施 2023年1月
開催日時:2023年1月17日
場所:戸田建設株式会社 本社ビル
改めて、「働き甲斐」とは?
―荒川さんが代表を務められているGreat Place To Work® Institute Japan(以下、GPTW Japan)は、企業や組織の「働き甲斐」に関する調査・分析を行い、基準を満たす企業をメディアで発表しています。専門家としてのお立場から、改めて「働き甲斐とは何か」を教えていただけますか。
荒川:当社の考える「働き甲斐」とは、快適に働き続けるための就労条件などの「働きやすさ」と、仕事へのモチベーションなどの「やりがい」の両方がセットになった概念です。ただし、働きやすさは労働時間や休暇日数など、多くの企業で共通の指標でとらえられるのに対して、仕事の何がやりがいとなるのかは、企業によってかなり異なります。ですから企業が働き甲斐を向上させたいと思う場合、その企業が「何をやりがいにしたいか」というビジョンを、従業員にはっきりと示すことが大事です。
社長:働き甲斐を得るためには、私は「働きやすさ」と「やりがい」に加え、「達成感」「連帯感」「公平感」の三要素が欠かせないと考えています。これは私が部長時代から参考にしている、『熱狂する社員』デビッド・シロタ著(栄治出版)において、ハイ・パフォーマンスに必要とされている要素です。
荒川:「達成感」と「連帯感」はやりがいと、「公平感」は働きやすさと結び付きますね。
いま「働き甲斐」が求められる理由
―今日の産業社会や働く現場で、「働きやすさ」と「やりがい」をあわせた「働き甲斐」が求められるようになってきたことには、どんな背景があるのでしょう。
荒川:当社では「働きやすさ」と「やりがい」の二つの軸から、職場を四つのタイプに分けて分析しています。高度成長期からバブル期まで、多くの日本企業が猛烈に働く「ばりばり職場」でしたが、バブル崩壊後は「しょんぼり職場」が増えました。2019年からの政府主導の「働き方改革」は「働きやすさ」に比重が置かれていたため、やりがいは現在も低いレベルにとどまっています。政府や企業が「働きやすさがある程度達成されたら、次はやりがいを」という姿勢にシフトしたのは、必然的な時代の流れだと思います。
社長:私は2021年4月の社長就任時から「働き甲斐改革」を掲げて取り組みを主導してきました。まず残業時間を減らすことに着手し、削減は進んでいます。しかし残業時間を減らすだけでは生産性は上がりません。業績を伸ばして企業として成長していくためにも、やりがいをアップして時間当たりの生産性を上げる働き甲斐改革が必要です。ブラック企業はもちろんダメですが、「仕事は楽だけど、やりがいも成長もない」という「ゆるブラック企業」でもダメなんです。
荒川:若い人には2年か3年か、がむしゃらに仕事に没頭する時間、その仕事でプロになるための時間が必要ですね。残業の規制があるなかでそれをどう獲得するか、経営者は皆さん悩んでいて正解は見つかっていません。
社長:私自身も年に何百時間もの残業のなかで仕事を学んできましたが、今はそういう時代ではなく、2024年4月から建設業でも残業時間の規制がかかるようになります。時間内の労働時間をいかに有意義にするか、また、資格取得のための勉強をするなど、私的な時間もいかに有意義にするかが問われると思います。
企業と人は「働き甲斐」でどう変わる?
荒川:働き甲斐が向上すると、自分らしさを活かしながら働け、自分のパフォーマンスを最大化できていると実感できるようになります。このことが企業の業績アップやイノベーションにつながります。当社の調査でも、業績の伸び率が最も高いのは「いきいき職場」です。
社長:そのお話には『熱狂する社員』と共通するところがあって、共感しますね。「働き甲斐」のある企業になることで、従業員満足度が向上してパフォーマンスも上がり、それが顧客・サプライチェーン(協力会社)・さらにシェアホルダー(株主、投資家)の満足向上につながり、結果的に企業価値の向上につながるのだと思います。
働く意義と価値を再構築する
社長:「いきいきと働き甲斐を感じて働く」ためには、根本的に「働くことの意義・価値を再構築する」ことが必要だと思います。つまり、自分の仕事をちゃんと好きになれているか、仕事に誇りや楽しさを見出せているかということで、そこができていないと働き甲斐は感じられないと思います。プロとしてこの仕事で食べていけるようになるためには、必死に勉強を重ねてその道のエキスパートになるしかない。そのためには「好きこそものの上手なれ」で、その仕事が好きでなければがんばり続けることは難しいでしょう。だからこそ、仕事を好きになる覚悟をしてほしい。
荒川:自分の仕事に意義を見出すことは、やりがいを感じるために欠かせませんね。ただ、若手が自らその意義を見つけ出すのは簡単ではないと思います。そのためにも上司や管理職は、単なる武勇伝とは異なる自分たちの仕事の意義や価値を、部下にもっと積極的に、頻繁に伝えていただきたいです。そうした話のなかから、若手が参考にできるロールモデル的な「成長パターン」が見えてくるのが望ましいと思います。
社長:現状では、上司と部下の関係がそうなっていない職場もあり、上司も含め効果的な育成に取り組んでいきたいです。
荒川:上司への信頼感が高い職場では、やりがいも高い傾向がありますからね。上司と部下が信頼関係を築くためには、部下のほうも上司の性格やバックグラウンドを知ろうとする姿勢が大事です。上司も神様ではなく一人の人間なので「この人のどこだったら尊敬できるか、信頼できるのか」を積極的に探すようにし、自分も自己開示してコミュニケーションをとること。お互いに「あなたのここが強みで信頼できる」と認識し合えたら、関係が良い方向に大きく変化し、任せられる仕事の質も変わるでしょう。また、直属の上司以外からもアドバイスをもらえるような、斜め上方向とコミュニケーションを取れるメンター的な制度があるとベターです。 双方の意思表示・発信が大事だということは、会社と従業員の関係でも同じです。企業は社員に「やりがい」のビジョンを明示することが重要だと最初にお話ししましたが、社員の側も「自分が何にやりがいを感じるか」をハッキリさせ、発信するようにしたいものです。そして会社はそれを真剣に聞き取り、職場でどんどん議論すること。そうすることで「やりがい」に関する会社と社員の間のミスマッチは減っていきます。社員からの要望はいろいろあるものなので、会社はどれから実現するか、優先順位をつけて取り組むことです。また、すぐに着手できないことについては、社員にきちんと説明をすることも、信頼関係の構築のために大切ですね。
「内外勤格差」をなくすには?
社長:やりがいと働きやすさのお話で痛感するのは、社内の内外勤格差の解消のためにも、外勤・現場の「働きやすさ」と、内勤・現場支援部署の「やりがい」、その両方を高めなくてはいけないということです。それには外勤と内勤の関係性も大事で、双方にリスペクトが必要なのだろうと思います。現場手当やローテーション勤務、内勤が外勤の一部の業務を代行する取り組みも始めました。内勤については、現場と物理的な距離が離れるほど当事者意識を持ちにくくなる傾向があるので、現場の存在を近くに感じられるよう現場の映像を支店でも見られるようにする、大規模な現場では現場内に内勤社員を配置するといった取り組みも行っています。
荒川:格差とは公平感の問題です。私たちの調査では、社内の公平感にギャップが大きいことが建設業界に共通の傾向だと分かりました。建設会社では内外勤のどちらでも処遇が公平か、またジェンダー・年齢・役職にかかわらず、公平・公正に功績が認められるかどうかが問われていくでしょう。御社ではすでに人事制度改革に着手されているとのことで、さすがですね。定期的に調査を続け、その結果に対するアクションをやり切ることが重要です。
働く人の満足がお客さまの満足につながる
社長:昨年実施したアンケート調査から、従業員満足度の高い現場で担当した物件は、顧客満足度も高いという傾向があることが分かりました。実際、お客さまに「良かったよ」「次も一緒に」などと評価されると仕事にやりがいを感じるものですが、顧客満足度と従業員満足度がシンクロすることがデータからも明らかになったのです。環境分野など、当社にまだ伸びしろのある分野で提案力・説明力を発揮して顧客満足度を上げることで、社員の働き甲斐も伸ばすことができるでしょう。そうした顧客満足度を高く得られている作業所長は、若手のロールモデルにもなり得るので、作業所長の従業員満足度も継続的に高めていかなくては。
荒川:そうですね。一度の取り組みで、働きやすさとやりがいの両方が高い理想的な職場に変われるものではなく、いくつかのステップを踏むことが必要です。一度に多くを求めず、まずやるべきことにフォーカスし、計画・実践・検討・修正というPDCAサイクルを継続することで、働き甲斐が向上していきます。そして、他社でうまくいった事例が必ずしも自社では有効ではないことも多いので、その企業らしい継続的な高め方を探さなくてはいけません。ひとつの取り組みをやってうまくいかなかったから、または1年で改善しなかったからといってあきらめるのではなく、腰を据えて2~3年取り組むべきだと思います。
社長:定点観測と継続的なアクションが重要なのですね。
働き甲斐を感じるとき
―お二人がご自身のキャリアを振り返ったとき、働き甲斐はどんな時に感じましたか?
荒川:私の家は自営業で父母ともにいきいきと働いていました。そのせいか自分も「人生で長時間を費やす仕事を、もっと楽しめてやりがいのあるものにする環境づくりをしたい」と思い、新卒で人材業の会社に就職しました。37歳で出産しましたが、育休が明け仕事と育児を両立する日々が始まると、やりがいと働きやすさのどちらが欠けてもならない「働き甲斐」がいかに大事かを実感するようになったのです。早い段階でリーダー役やハードルの高い仕事に挑戦することが、若手の成長を促進するということは、男女に関係なく言えることですが、特に女性は出産・育児でキャリアが中断しやすいので、なるべく若いうちに自分の強みをつくることが、人生において戦略的にキャリアを構築する上で重要ではないかと思います。
社長:私の場合、これまでの仕事人生で役職やポジションを目指したことは特にありませんでしたが、振り返ってみると、常に「大型案件では絶対に他社に負けるものか」という思いでがんばってきました。30代半ば頃までにはそのあり方に則した行動が身に付き、働き甲斐を感じられるようになったと思います。建設業という仕事には達成感とやりがいが確実にあって、例えば竣工した建物で照明が次々に点灯していく瞬間などは、胸に迫る感慨があります。私の時代は労働時間の長さを問われることはありませんでしたが、今後は労働時間の規制のなかで、同様の達成感を得られるように仕事をやりきらなくてはなりません。正直言って課題はありますが、ブラックでも「ゆるブラック」でもない、働きやすさとやりがいを両立する企業になるために、真剣な取り組みを続けていきます。
対談を振り返って
荒川:竣工後の達成感について話される大谷社長の笑顔に、「成果を目にすることができる」建設業という仕事のすばらしさを感じました。働き甲斐の向上を自ら主導・推進するという経営トップは、残念ながらまだ多くはありません。「こういった経営者が増えるといいな」と率直に感じました。
社長:本日のお話から、働き甲斐を向上するための、定点観測と反復的・継続的なアクションの重要さを再認識しました。働き甲斐改革の一環として4月から運用がスタートする新人事制度では、成果だけでなく、「当社の社員として期待される行動を実践しているか」という行動=プロセスも評価の対象になります。決して金太郎アメのように画一的になってほしいわけではありませんが、やりがいと働きやすさの向上のために会社もできることをすべてやるので、社員の皆さんも「至誠(インテグリティ)」や「自己発働力」など、「自分が働き甲斐があると思える働き方をしているか?」を自問する評価軸を正しく持っていただきたいと思います。従業員・顧客・協力会社(サプライチェーン)といったステークホルダー全体の満足を向上し企業価値の向上につなげるために、全社一致でがんばっていきます。
荒川 陽子
Great Place To Work® Institute Japan 代表
(株式会社働きがいのある会社研究所 代表取締役
社長)
2003年HRR株式会社(現 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ)入社。営業職として中小~大手企業までを幅広く担当。顧客企業が抱える人・組織課題に対するソリューション提案を担う。2012 年から管理職として営業組織をマネジメントしつつ、2015 年には同社の組織行動研究所を兼務し、女性活躍推進テーマの研究を行う。2020年より現職。著書に「働きたくなる職場のつくり方」(かんき出版)。
大谷清介
戸田建設株式会社
代表取締役社長
「主体性」を目指してチームづくりを続け、強いチームに成長したラグビー日本代表で主将を務めた廣瀬俊朗さんをお招きして、「組織づくり」や「組織改革」について、この不確実な時代を進んでいくために、一人ひとりが今なすべきことについて、ダイアログを実施しました。
開催日時:2022年1月13日(木)
場所:シャングリ・ラ 東京
思い入れの強い建物で
社長:今日はお忙しいなか、よくお越しくださいました。年始に戸田建設のあるべき姿を改めて考えたいと思っていまして、とりわけ重要なテーマが「組織づくり」や「組織改革」です。このテーマについて、2012年~13年、ラグビーの日本代表チームのキャプテンを務め、その後も数々の快挙を成し遂げた廣瀬俊朗さんとぜひお話がしたいと思い、今回お招きいたしました。
廣瀬:ありがとうございます。お声をかけていただき光栄です。
社長:実はこの対談会場のホテル、シャングリ・ラ 東京は、私が40代後半に、作業所長として最後に担当した現場なんです。どこもかしこも思い出だらけの場所です(笑)。
廣瀬:そうなんですね。僕もこのホテルはワールドカップ(以下W杯)の後、プライベートな会食などで何度も利用させていただきました。外国の香りがする洗練されたホテルだなと良い印象を持っています。
社長:そういえば、廣瀬さんが出演されたテレビドラマ『ノーサイド・ゲーム』には当社も撮影協力し、旧本社ビルの会議室で撮影が行われました。
廣瀬:そんなご縁もあったのですね。
組織づくりで大事にしていること
廣瀬:チームづくりの前に僕がキャプテンとして大事にしていたのは、選手同士の人間関係づくり。また、選手たちがチームを好きでいること、別の言葉で言えば「Loyalty(ロイヤリティ)」の醸成です。人間関係やロイヤリティといった土壌がなければ、どんな掛け声も心に響きません。また「勝てるチーム」を目指す前に、「何のために勝つのか?」という「大義」に共感を持ってもらうことも大事にしました。当時の、負けることに慣れていた日本代表を変え、「W杯で勝って日本ラグビーの歴史を変え、憧れの存在になり、日本中にラグビーのすばらしさを広める」という大義を持つ。この大義が腹落ちしたからこそ、みんなが一心にそこに向かっていけたのだと思っています。
社長:廣瀬さんのご著書にもある「勝つチームには大義がある」ということに、強く共感しました。企業でも、組織を構成する人たちが、すべての行動を「大義」に照らし合わせて判断し、そこに向かって自律的に行動していくと良いと思います。また、インタビューなどでは「ラグビー憲章」という五つの理念(品位・情熱・結束・規律・尊重)も紹介されていますね。当社にも企業理念や経営方針があり、社員のモチベーションを高めて企業としてのパフォーマンスを上げるためには、「情熱」が不可欠です。そして、情熱を生み出すためには、公平感・達成感・連帯感が必要だと考えています。これはデビッド・シロタの著書『熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素』の考え方を参考にしています。
廣瀬:その考え方に納得です。ラグビーにおける情熱ややりがいは、仲間への想いから生まれると実感してきましたので。
社長:企業におけるやりがいとは働き甲斐ですが、生産性を上げるための「働き方改革」よりも、「働き甲斐改革」の方が先だと考えているんです。情熱がなければ、いくら働き方を改善してもパフォーマンスは上がりません。先ほどお話しした、公平感、達成感、連帯感に支えられた情熱が不可欠です。効率性が大切なのは当然ですが同時に、若いうちに「修羅場」や「壁にぶち当たるまで頑張る」ことも経験して、成長の糧にしてほしいと思っています。
廣瀬:情熱をいかに引き出すかが大事ですね。僕もキャプテンとして、成績やコンディションが上がらず活躍できていない仲間をどうサポートし、引っ張っていくかを常に考えていました。監督と違って人事権のないキャプテンの役割は、誰も孤立させず「一緒にやっていこう」と同じ目線で寄り添っていくことだと思います。年次が上の先輩なども、こういった役割を担えるかもしれません。
逆に2014年にキャプテンを外れたときは、自分の存在意義と居場所を一時見失ったような感覚になりましたが、「後任キャプテンのリーチ・マイケル選手、そしてチームの仲間たちのために自分にできるサポートを最大限やりたい」と思えるようになって、再び前向きになることができました。
社長:やはり日本代表の連帯感は強固だったのですね。ひとつの目標に向かってみんなの気持ちをまとめていくことは重要だと思います。昨年の9月末、社員の満足度調査を行ったところ、「達成感」はかなり高いのですが、「連帯感」と「公平感」については、理想と現実にギャップがあることが分かりました。そのギャップや部門間格差を改善することが、社員みんなの情熱を引き出すスイッチになるはずだと確信しています。現場を担当する外勤と内勤の働く環境のギャップが大きい部分を改善し、積極的な人事制度や経営資源の適正配分なども推進するよう取り組んでいます。
ラグビー憲章の最初にあげられる「品位(インテグリティ)」は、「真摯さ」「誠実さ」などとも訳され、マネジメント論で有名なドラッカーがビジネスパーソンに不可欠としている資質です。私は「至誠」と言っていますが、そういう資質を持った人こそ、うちの会社に必要だと思っています。
成長や「学び」について思うこと
廣瀬:毎日の積み重ねが大きいことをラグビーで体感してきたので、ラグビー以外についても、日々の地道な努力を大事にしています。小さくても、それが成長に向けた大事なステップになります。言葉は似ていますが、「成功」と「成長」は違うと思っているんです。成功ではなく、失敗と言われるような状況でも、その経験から学んで次に活かすことができれば成長できます。先ほどお話ししましたが、キャプテンを外れた直後はいろいろと思案し、代表チームを去ることも考えました。しかしチームに残って以前とは違う形で貢献しようと決断したのは、それが自分をさらに成長する機会になると思い直したからです。どんな状況に置かれても、自分のエゴを超越して仲間のために力を出すことが、自分自身の成長につながります。
社長:2019年のW杯のロシア戦を、東京スタジアムで観戦して感動しました。ラグビー憲章のひとつであるリスペクト(尊重)を、メンバー全員がお互いに持ってプレーしているのが分かりました。それぞれ異なるスキルをリスペクトし合い、誰かが失敗しても皆がフォローする。多くの人が「ワンチーム」としてやっていくには、それが不可欠ですよね。
廣瀬:そうですね。私の考えでは、同じ目標を持っていれば、個々の手段や方法論にはある程度の自由があっていいと思います。ラグビーで言うと「欲しい場所にボールを送ってくれるなら、いわゆる日本らしいきっちりしたものではなく、多少ラフなパスでもいい」というような(笑)。バックグラウンドが違う相手に対して、リスペクトを表明することが大事だと思っています。日本に試合に来てくれた海外のチームやサポーターへの感謝として、その国の国歌やアンセムを日本のみんなで歌うというのもひとつの例です。
社長:廣瀬さんの「スクラムユニゾン活動」ですね。多様性やお互いの違いを尊重する姿勢に共感します。
廣瀬:失敗からも学べると先ほど言いましたが、失敗を引きずらないでそこから学ぼうとする姿勢も大事だと思います。ラグビーは天候にも左右されやすくミスや失敗の多いスポーツで、僕も数えきれないくらい失敗してきました。ベストを尽くしたいが勇気が持てず結果的に80%の選択をしてしまい、そうしたプレーがヘッドコーチ(監督)のエディー・ジョーンズさんの意に沿わず、ひどく叱られた試合もあります。でもその後、2015年W杯初戦の南アフリカ戦では、自分たちの判断で選択したスクラムで得点して勝ち、「よくやった」と褒めてもらいました。「主体性」を目指してチームづくりを続け、成長したからだと思います。以前はエディーさんの指示を聞くしかないチームだったのが、主体性を磨き、自分たちで意思決定できる強いチームに成長できたのです。
社長:すばらしいですね。企業でも、社員が主体性を発揮できるようにするための権限移譲は、達成感を得るために不可欠だと思います。当社もそれを大事にしていきたいと取り組んでいます。
未来のために新プロジェクトに取り組む
社長:今年の当社は、設立150周年となる2031年から逆算して、「CX150で掲げる協創社会を実現するという目標のために何をやろう」と、検討しながら進めているところです。それが社員にとっても成長につながると思います。
廣瀬:僕はさまざまな活動で自分の会社の価値を上げ、「ラグビーやスポーツを通じて、社会的にこういうこともできるよ」と、子どもたちにも親御さんたちにも示していきたいと思っています。
社長:いいですね。当社も、企業の価値を示していくようなまちづくりを行っています。従来の建設業の枠組みを超えて、地方の農地を集約して生産・加工・流通・販売までトータルで行い、地域活性化を目指す「農業6次産業化」や、長崎県の五島列島での浮体式洋上風力発電などのプロジェクトも進めています。
廣瀬:そんなプロジェクトがあるのですね、とても興味深いです。僕も、まだ仕組みができ上がっていない新分野にチャレンジして切り拓くのが好きなんです。
社長:いいですね。既存の分野でがんばってる人も大事な一方、新たな技術開発では、とんでもないことを考える若手がどうしても必要になります。そういうチャレンジングな若手がいても組織はバラバラにはならないと、廣瀬さんの本やお話からも感じます。ちょっと話がズレるかもしれませんが、廣瀬さんはバイオリンを演奏されるそうですね。私もクラシックのコンサートに行くのが好きなんです。一人ひとりの力が全体として大きな力になるのは、オーケストラと同じかもしれませんね。
廣瀬:同感です。オーケストラ全員で奏でる音が美しいように、チームの全員で成し遂げたトライも美しいと感じます。オーケストラに例えるなら、キャプテンはみんなをうまくまとめるコンサートマスター、監督は指揮者という感じでしょうか。
社長:私はコンサートで音楽に浸るつもりでいても、「パーカッションのような縁の下の力持ちが大事だな」などと、つい組織づくりのことを考えてしまうんです(笑)。企業の社長も、オーケストラの指揮者やラグビーの監督と似ているかもしれません。
対談を終えて~今後に向けて~
廣瀬:今日は貴重な機会をいただいて大谷社長とお話しでき、公平感や連帯感、喜びだけでなく辛いことをシェアすることが大事な点など、戸田建設さんのものづくりの姿勢とラグビーの親和性や共通点を感じてうれしかったです。いまだにコロナ禍が続く不安定な時代だからこそ、将来へ向けた夢や未来への計画を育てていきたいと感じました。そういった前向きな取り組みが、コロナ後の明るい時代につながると思います。
社長:当社も、ラグビー憲章のように相互へのリスペクトを大事にし、自社の「ありたい姿」を追求して現状にバックキャスティングしていかなくてはと改めて感じました。今日は廣瀬さんと、勇気が湧くような言葉をたくさん交わすことができました。ありがとうございました。
廣瀬俊朗
ラグビー元日本代表キャプテン
株式会社HiRAKU代表取締役
1981年大阪府生まれ。5歳でラグビーを始め、大阪府立北野高校、慶應義塾大学、東芝ブレイブルーパスにてプレイ。1999年度U19日本代表、高校日本代表、2007年日本代表。2012~13年日本代表キャプテンを務める。2015年のW杯で日本代表史上初の同大会3勝に貢献。2016年現役引退。2019年株式会社HiRAKU設立。2020年日本テレビ系列「news zero」木曜パートナーとして出演。「スクラムユニゾン」発起人。
大谷清介
戸田建設株式会社
代表取締役社長
戸田建設が創業140周年の節目を迎える今年は前例のない「ウィズコロナ/アフターコロナ」の年になると予想されます。社会の不確定要素が増えるなか、いかにして当社の強みを伸ばし、課題を克服してゆくのか。そのために必要となる具体的な取り組みとは何か。今井社長(現:会長)と豊富な経験や知見を持つ4名の社外取締役が、このような社会の変化や当社の未来について、ダイアログを実施しました。
開催日時:2020年12月18日(金)
場所:戸田建設株式会社本社 会議室
「現在の戸田建設」を見つめ直し進むべき道を明らかにするために
今井社長(以下、社長):2020年は年初から年末まで、新型コロナウイルスの影響を大きく受けた年でした。戸田建設にとっても、社員一人ひとりにとっても、前例のない、予測が付かない年だったと思います。暦のうえでは年が改まりましたが、どのような思いと姿勢で2021年を進めばいいのか、皆が迷いながら手探りしています。日々の仕事で具体的に何をどのようにするべきかという指示は、各部署にて部門実行計画などの形で伝わっていると思いますが、私は会社のトップである社長として、もっと大きなビジョンやメッセージを、社員たちに伝えていかねばならないと考えています。とはいえ、私の意見だけでは新鮮味が今ひとつですし(笑)、外から戸田建設を見るとどう見えるのかということも、社員たちに意識してもらいたい。そこで、専門分野での豊富な経験と知見を活かして当社に貢献してくださっている社外取締役の皆さんと、社会の変化や戸田建設の未来について遠慮なく本音で話し合い、それを社員たちと共有したいと思ったわけです。皆さん、本日はどうぞよろしくお願いします。
社外取締役一同:よろしくお願いします。
新型コロナの影響でリモート化が進み働き方が大きく変わった2020年
社長:まずは2020年をどう振り返るかですが、実はこの会も部分的にリモートで開催しているように(伊丹取締役と荒金取締役はオンラインで参加)、20年はコロナ禍の影響で、テレワークや在宅勤務などリモートでの働き方が一気に普及したことが印象的でした。
伊丹取締役(以下、伊丹):丸一年、社会全体が新型コロナと共存する道を模索していましたね。新型コロナという外圧が、リモートなどの働き方改革を一気に進めました。私も本日、オンラインで参加できていることに正直驚いています。
荒金取締役(以下、荒金):私も、昨年の初頭にはZoom の「ズ」も知らなかったのですが(笑)、大学で行っている講義はすべてオンラインになりました。これまで遅々として進まなかった働き方改革が、新型コロナで一変したと実感します。
社長:当社も現場以外では、リモートワークや在宅勤務の社員が増えています。
網谷取締役(以下、網谷):リモートワークの急速な普及は、私のいる情報通信産業にとっては大きな追い風です。しかし、21年はリモートでの働き方に、評価制度や管理者のありかたをきちんと対応させられるかどうかが問われる年になるでしょう。リモートワークを、根本的な生産性の向上につなげられるかどうかで、企業にも格差が生まれてくると思います。
下村取締役(以下、下村):経営者のなかには「リモートワークで済むならオフィスはいらなくなるな」などと言う人もいますが、企業の仕事とはチームワークです。チームワークができない企業は存続し得ないでしょう。リモートでチームワークをどのように行うかは、皆でしっかり考えなくてはいけませんね。
社長:社内の仕事で考えると、リモートワークだと短時間で用件が済みコストは下がりますが、現状ではチームで議論しながら価値の創造をするレベルにはまだ至っていません。また力強くぐいぐいと仕事を進めていける人や状況ではいいけれど、そうではない場合のフォローアップが難しい。こうした課題が将来的に改善されていくことを期待します。
荒金:リモートを便利に使う反面、オンライン飲み会が盛り上がらなかった実体験からも(笑)、「リアルな空気を共有する」ことの大事さを再認識しました。
網谷:私の方は情報通信技術の伸びしろに肯定的な立場ですし、毎月一度はオンライン飲み会をやるうちに慣れてきて、メリットを享受しています(笑)。現状のオンラインコミュニケーション技術は、まだまだ発展途上なんです。将来、映像はもっと高精細度できれいになるはずですし、画面を映すだけではなくなるでしょう。今後5GやVRが普及するにつれ、オンラインはリアルと比べて遜色ないものになっていくと思います。
社長:私たちも、オンライン懇親会をやってみるといいかもしれませんね(笑)。
不確実性が増す2021年守るべきものと見直すべきもの
社長:その他の面で、昨年の振り返りと2021年への展望はどうでしょうか。
伊丹:昨年を漢字一文字で表すなら、「迷」の年だったと思います。一方で、建設業界には大変厳しい年でした。2021年は、戸田建設の持つコアバリューや優位性をどう活かしていくかがより問われる、足場を見直す年になるでしょうね。
網谷:昨年は、私たちが信じてきたものへの信頼が、根こそぎ失われた年だったと思います。「科学や政府が私たちの命を守ってくれる」という信頼が新型コロナによって揺らぎ、米国が広めてきた自由や民主主義の価値も、国がトランプ大統領の支持者と反対派に二分してしまったように、大きく揺らいでいます。こういった激動の年でしたが、それでも戸田建設が大幅な業績低下に陥らずに済んだのは、品質や信頼を築いてきたこれまでの蓄積が活きたからだろうと思います。
下村:多くの人と同様に、私にとってもストレスのたまる我慢の年でした。私のいる自動車部品の業界も2020年は新型コロナの影響で不振、苦労の年でした。建設業界も設備投資が減ってしまいましたが、戸田建設では感染対策をしっかりして、積極的に頑張っているのが頼もしいですね。
社長:リスクや脅威が前から分かっていたのに、ちゃんと準備しておかなかったためひどい目に遭うという事態を「ブラックエレファント」と言うそうですが、コロナ禍はまさにそうした側面があります。以前から「当社が本来やるべきことを具体化してやらねば」と考えてきました。仕事が減ることもデジタル化が必要なことも分かっていたので、手は打ってきました。そのためダメージは想定内で済みました。コロナ禍だからと急に施策を変える必要はありません。よりどころのない時代だからこそ、伊丹さんのおっしゃるようにコアバリューからブレず、社員一人ひとりのポテンシャルを上げ、自分で判断できるように、自己成長を目指してほしいと思います。
荒金:新型コロナの影響はしばらく続き、元通りにならないこともあるだろうと思われます。世の中や顧客の望みがどう変わりつつあるのか、アンテナの感受性をより高く上げて短期的には素早く対応し、長期的には戦略にも思いをはせるということが必要だと思います。戸田建設では社屋の建て替えも進んでいます。次のステージへの扉が開き始めたという感じがしますね。
社長:当社は「社会課題を解決する」というソーシャルビジネスの考え方を採っています。産業構造も変わっていくなか、自社の事業を、お客さまや社会の未来を作っていくことに役立てたい。例えば、お客さまに納得していただきZEBをつくることによって、お客さまの社会的な評価が上がるというようなケースもあり得るでしょう。そのようなビジネスを推進するには、荒金さんのおっしゃる「感受性」が必要なのだろうと思います。
社会とお客さま、そして自分たちにも「喜び」を提供するために必要なこと
社長:次に、企業そして当社が追求すべき「喜び」について、皆さんの経験談やご意見を伺いたいと思います。当社は「“喜び”を実現する企業グループ」というグローバルビジョンを掲げていますが、実はこれを作ったのは、当社にとって苦しい時期でした。結果を出せず二期連続で赤字を計上し、ダメージを受けていました。そんな時こそ、何のために働いているのか、どんな幸せや喜びを世の中に届けたいのか、突き詰めて考えなければと考えたのです。
下村:私がエンジニアだったころは、製品が形になっていくことが喜びでした。困難を乗り越え何かを実現した時にこそ、仕事の喜びがありますし、その経験が力や財産になるものです。昨年12月、土木技術研究発表会に出席し、社員の皆さんの「現場力」のすごさに感服しました。現場で工夫を重ね、苦労して開発を進めた事例をいくつも知り、これこそが戸田建設の強み、この現場力を伸ばしてもらいたいと思いました。
伊丹:私が検事だったころは、難しい事件を解決し、被害者の方に「ありがとうございました」と言われることが何よりの喜びでした。それまでの苦労がそのひと言で、一瞬にして報われた感がしました。戸田建設の皆さんにも、「建物が完成してよかった」と言われるだけでなく、「戸田建設に建ててもらってよかった」と言われるような仕事をしていただきたいと思います。
網谷:どの業界でも、社員が生き生きとして明日への希望が持てることが、経営者の一番の喜びです。今日の日本経済は市場やステークホルダーの影響力が非常に強いのですが、戸田建設には社員に目を向けた施策を実施し、家族や自身の状況で大変な社員までも、優しく包摂してほしい。社員は「自分が大事にしているものを、この会社も大事にしてくれている」と思えるときに、「頑張ろう」とやる気が出てくるものです。
荒金:私が製造業で商品開発をしていたころは、イノベーションを実現し、自分のアイデアが社内に限らず世の中に受け入れられることが喜びでした。自分の作った製品で喜んでくれる人の顔が思い浮かぶと、その喜びは一層大きくなります。戸田建設の一人ひとりにも、「自分が提供できる喜びって何?」と、考え続けてほしいと思います。
社長:グローバルビジョンの「喜び」は、決して自分だけの喜びではいけないのです。お客さま、協力会社、社員、その全員の喜びでなくてはならない。これは社内のコンプライアンス的な問題だけでなく、サプライチェーン全体でやっていくことです。その完成までは遠いかもしれませんが、困難なことにやりがいを感じてくれる人たちが、当社には大勢います。先ほどの共通認識とプライドを持って、取り組んでいってほしいですね。
戸田建設の明日を担っていく社員たちに伝えたいこと
社長:最後に、今後に向けて、当社の社員へのメッセージをお願いします。
下村:戸田建設の方たちには、自分たちの部署で何を創造していくかを意識して、仕事の場で「仕掛け人」になってほしいと思います。「これは戸田建設の柱になるか?」としっかり考えながら、どんどん仕掛けていってください。
伊丹:企業行動憲章にある「安心で良質な建設物」を提供し続けることは、一見簡単なようで極めて難しいと思います。技術力の向上ももちろん必要ですし、その前に、激動の時代に多様化するお客さまのニーズを的確にとらえること、さらに、そこに「戸田建設らしさ」を見つけていくことも求められるわけです。こうしたレベルの高い要請に応えられるよう、他の社員や協力会社とも一緒に、力強く進んでいただきたいと思います。
荒金:アフターコロナの時代は、建設物の姿も変容していくと考えています。これまでは人間を外の世界から隔離して守るための建物が主流でしたが、今後はむしろ外の世界との交流・共存を促すような建物が求められる時代になるのではないかという印象を持っています。これまで戸田建設は、着実に実績を築き、業界や 社会における存在感を示してきました。これからはそれに加え、目指す社会や建設物の「将来像」を世の中に示して、広く共感を得てゆくことが大事だと思います。戸田建設がやっていることをもっと多くの人 に知ってもらう広報活動や、ブランド化を進めるためにも、こうしたことが重要なポイントになるのではないでしょうか。
網谷:私は四点挙げたいと思います。第一に本業を極めること。そのためには他社が真似しようとしても追いつけないような現場力をさらに進化させていくことです。第二に、新エネルギーや農業の6次産業化などの新規事業を推進するために、体力のあるパートナーや仲間を作り増やしていくこと。第三に、海外事業の「ここは他社に負けられない」というコアバリューの領域では、現地法人に任せず戸田建設本体が頑張ること。最後に、人材力強化と変革のためにも、リーダーを仕立てていくこと。「適任者がいれば育てる」ではなく、無理矢理にでもリーダーを作るような勢いで、幹部層に限らず全階層で候補者を選び、やらせてみるのです。そこでは失敗も恐れず、どんどんチャレンジできることが重要です。
下村:挑戦も失敗もしない無難さより、失敗したのは挑戦したからと意欲を評価する職場文化を培ってほしいですね。
社長:下村さんや網谷さんがご指摘くださった、仕事を仕掛けられる現場力や人材力の強化が、まさに戸田建設の未来を決定するのだと思います。今後、女性をはじめ多様な人材を経営幹部に登用することや、一人ひとりの倫理観を磨くためにコーポレートガバナンスの整備にも取り組んでいきます。それが、失敗を恐れずチャレンジするために不可欠な基盤にもなるでしょう。皆さんにはそのためにも今後も厳しく温かいご助言をお願いいたします。本日は誠にありがとうございました。
下村節宏
1969年三菱電機(株)に入社。30年以上にわたり自動車機器の開発に携わった後、2001年取締役、2003年常務取締役を経て、
2006年に取締役代表執行役執行役社長に就任。2010年に取締役会長。
2014年より当社社外取締役、2018年より三菱電機特別顧問を務める。
網谷駿介
1970年に日本電信電話公社(現NTT)に入社。
テレホンカードやダイヤルQなど新サービスの立ち上げに携わる。 1999年にNTTコミュニケーションズ(株)取締役に。
その後、2004年にはNTT コムウェア(株)代表取締役副社長に就任。2014年より当社社外取締役を務める。
伊丹俊彦
1980年検事任官。東京地検検事正、最高検次長検事などを歴任し、2016年9月大阪高等検察庁検事長を最後に退官。
司法試験委員会委員、法制審議会委員等歴任。
2016年11月から長島・大野・常松法律事務所顧問弁護士として、
コーポレートガバナンス、コンプライアンスなどを扱う。
2018年より当社社外取締役を務める。
荒金久美
1981年に(株)小林コーセー(現コーセー)に入社。
薬学博士として研究開発、商品開発に携わり、
2006年に執行役員マーケティング本部副本部長に就任。
2010年研究所長、2011年3月品質保証部長を経て2011年取締役、2017年常勤監査役。2020 年より当社社外取締役を務める。
今井雅則
戸田建設株式会社
代表取締役社長(現:会長)
自然と人間・万物の調和が世界平和の一助を担うという信条を持ち、書家として創作活動を行う岡西佑奈さんをお招きして、地球規模の気候変動や社会構造の変化の時代の中、これからの時代の企業や個人のあるべき姿についてダイアログを実施しました。
開催日時:2019年11月25日(月)
場所:戸田建設株式会社本社 会議室
岡西佑奈氏
書家/アーティスト
1985年東京生まれ。6歳より書を始め、高校在学中に師範免許を取得。独自のリズム感や心象を表現し国内外で受賞多数。近年では、書のみならず墨象や絵画も手掛け、青い地球への想いを昇華させた「青曲」(軽井沢ニューアートミュージアム)など国内外で個展を展開している。2019年には初の作品集「線の美」(青幻舎)が刊行された。
今井雅則
戸田建設株式会社
代表取締役社長
幼い頃から親しんだ書道を自分の生きる道とするまで
今井:岡西さん、本日はよろしくお願いします。まず最初に、書家になられるまでのお話を聞かせていただけますか。
岡西:私は表現者・書家として活動していますが、書道は6歳の時に習い始め、高校生の時に師範の資格を取りました。
今井:そんなに小さな頃から習ってらしたんですね。
岡西:褒め上手の師匠のおかげで最初は楽しく遊ぶように線を書いていました。それに、父が舞台演出家で常に音楽が流れる家で育ったので、その背中を見て自然と感性を生かす仕事をしたいと思うようになったのかもしれません。
今井:一時は、舞台女優の仕事もされていたんですよね。
岡西:高校生の時に蜷川幸雄さんの「マクベス」の舞台を見て、涙があふれて。音楽や色の使い方、素晴らしい役者…全てがぴったり合った総合芸術に感動したのがきっかけで、舞台の道にまっしぐらだった時期もありました。ちょうど同じ頃、大好きだった書道の師匠が亡くなって、私は書道を続ける理由を見失って、蓋を閉じるような気持ちで道具一式を押し入れの奥にしまったんです。でも、22歳の時に久々に筆をとる機会がありました。宝箱を開けるようにして夜の9時くらいに書き始めた瞬間…“稲妻が落ちる”って本当にあるんだって感じて、気が付くとずっと朝まで書き続けていました。
今井:で、また書に戻った。運命のようですね
岡西:水墨画を始めた時も、禅修行に行った時も、いつも直観的なんです。ただ、私は人と話すことがとても苦手でした。女優だった頃は、舞台が終わって皆でご飯を食べに行く中にも入れなかったり、書家になると決めて名刺を作って、色々な人に挨拶に行っても、何を話すべきかわからなかったり。随分悩んで、コミュニケーションの本を読んだりセミナーに出かけたりもしましたが、努力すればするほど、人の話を聞く機械のようになってしまって、しんどくなっていきました。そのとき、禅の思想に救われたのです。でも実は、いまだに時々「コミュニケーションとは」という本を読んだりしています(笑)
今井:私は誰に対しても素のままの性格でいると思っていますが、仕事の上では「六然(りくぜん)」(※)を座右の銘としています。一番難しいと思うのは、人に対する時は常に和やかであれという意味の「処人藹然(しょじんあいぜん)」。忙しいときに相手の説明がまどろっこしいと、つい、急かしたくなってしまいますよね。常に穏やかに話を聞くというのは大変なことです。
岡西:六然の言葉はとてもしっくりきます。ゆったりと落ち着いて構えるという意味の「泰然(たいぜん)」は、私も自分に言い聞かせながらよく書く、好きな言葉です。
表現者にも、会社員にも、企業にも、創造性が求められる時代
今井:岡西さんは、岡西さんにしかできないような仕事をされていますが、いかに差別化して生きていくかが大切というのは企業も同じです。
岡西:差別化ですか?
今井:私たちの仕事の基本はトンネルや建物などの構造物をつくることですが、社会構造や価値観が変化をする中で、この先何でビジネスをしていくかについては、常に独自に考えていかねばなりません。人口増の時代には社会の要請でどんどん依頼が増えますが、子どもが減り高齢化が進む時代には住宅需要も減り、鉄道も廃線になります。五千人の社員は皆、貴重な人財なので、会社としてはいかに利益を上げ続けるかを考えねばなりません。
岡西:企業も時代に合わせて更新し続けていく必要があるのですね。
今井:それは、企業で働く社員一人ひとりも考えるべきことです。安定の時代には一カ所で一生懸命働くことが尊ばれていました。日本は江戸時代からずっとそうでしたが、今は、V U C A(※)の時代です。新たな技術が出てくることはチャンスでもありますが、生き残るために皆で独自に考え、力を合わせていかなければなりませんね。
人と、地球と、未来のために価値ある仕事をしていきたい
岡西:近年、SDGsが企業にとってますます大事になっていますよね。
今井:まさにそのSDGsの時代ですから、当社は経営方針に加えて全ての活動を「社会課題の解決」のためにしていくと定義しました。世界は破壊と創造の繰り返しでしょう?何かを造るにも壊すにもエネルギーが必要で、環境と無縁ではいられない。建設業はそれを考えられる業種ですから、当社は積極的に地球規模のエネルギー問題やCO2削減に貢献していこうと考えています。岡西さんも、環境保全には強い思いをお持ちなんですよね。
岡西:そうですね。例えばこの作品(作品①参照)は、恐竜よりも古い昔から地球に生きてきたサメが、現代のプラスチックで汚染されている海を泳ぐ姿を考えながら描きました。背景の青色は、海の深くに潜ってやっと見えた青さを表現しています。私は「青い地球を守りたい」という、噴火しそうな思いを昔から持っていました。それを作品で表現できるようになったのは、最近なのですが。
今井:そういう意識を子どもの頃から持っていたんですか?
岡西:中学生の時に、頭が二つで体が一つのイルカの赤ちゃんの写真を見て、すごくショックを受けたのです。海が汚染されているんだ、これからもっとそういう時代になるんだ、と思ってクラス発表をしてみたのですが、うまく伝えきれず。それがずっと心残りで、環境への思いをもっとうまく表現して伝えるためのすべを身に付けたいと、ずっと感じていました。あと、私は小さい頃体が弱かったので、母が各地から体に良いものを必死で探してきて治してくれたんです。その当時から、「身体に良いものは環境にも良い、環境に良くないものは身体にも良くない」という母の教えの影響もあって、環境を守ることは自分が生きることと同じと感じています。
今井:禅修行に行かれたのは、どのような気持ちからでしょうか?
岡西:私自身も東京で生まれ育ち、心を見失ってきた現代人ですが、人の行き交う街中で、いかに自分らしくいられるかを悩んだとき、「無の思想」に共感しました。それで、普段見えなくなっている大切なものを改めて思い出そうという心を込めて描いたのがこちらの作品(作品②参照)です。好きな"真言(しんごん)"を書いた上に色を重ねています。去年は荒ぶる気候変動で大規模な台風や山火事被害が相次ぎましたが、全て人間が作った現実です。私たちが入り口を作ったなら、出口も作らねばなりません。そのために自分ができる表現をしていけたらと思っています。
今井:何のためにというのは大事ですね。当社も「人と地球の未来のために」価値を提供し続けることをずっと意識してきました。現代の企業にはESG、つまり環境・社会・ガバナンスの観点が大事という思想がありますが、ただお客さまのために品質の良いものを作るだけではなく、投資家からは投資しがいのある会社なのか、地域からは信頼に足る会社なのか、学生からは働きたいと思える会社なのかなど、様々な角度から見られていることを意識して、自分たちの行動が理念に沿っているかも常にチェックしながら、この先 100年を考えていかねばなりません。
岡西:歴史ある大企業でも、そういうことを真剣に考えられるんですね。嬉しいです。
今井:当社が社会に貢献しながら企業活動をしていく取り組みの一つに「浮体式洋上風力発電」があります。長崎県の五島市沖で実用化しており、再生可能エネルギーで作った電力は、水素で動く船や自動車の動力として売っていくことも考えています。副次的な結果ですが、発電機の水中の浮体部分に貝や海藻がついて、魚がたくさん群がっているんですよ。地元自治体からもエコツーリズムなどの関連産業に展開できないかと期待されています。岡西さんにもぜひ見ていただきたいです。
岡西:私はサメと一緒に泳ぐシャーク・ダイビングが趣味なんですが、五島列島は自然が豊かでサメもいっぱいいるので、一度行きたいと思っていたところです。
多様性の中で価値を共創するマネジメント力の大切さ
今井:舞台などもそうだと思いますが、社会は様々な能力を持つ人たちが、相互に触発したりされたりしながら価値を作っていく場ですよね。そこで総合的なマネジメントは非常に重要でしょう。コミュニケーションをとれないとコラボレーションできないから。
岡西:そうですね。私は、例えば看板を書いてほしいというご依頼があれは、そのお客さまもアーティストだと考えます。アーティスト同士の対話として、想っているものを一緒に作ることを大事にしています。
今井:当社の社員にもそういう意識を持ってもらいたいです。お客さまに「こういうものを作ってほしい」と言われたら、協力会社の専門家と一緒にモノを作っていくのですが、環境や文化や社会状況を踏まえ、今ある最新の技術を組み合わせてゼロから絵を描き、関係者皆に伝えて、価値を創造していく。そのマネジメントが当社の仕事です。重要な役割だという意識を持って、自分で問題を定義し、解決策を考え、実行できる自己発働型の人に育ってほしい。
岡西:私も、人や動物や植物、万物との関わりの中で、今は書を通じて意味ある役割を果たせる人間になりたいと思っています。
人にやさしいものが残る理想的な未来に向けて
今井:建設業の近未来的には、技術革新によって人が重労働や危険な仕事から解放されていくのだろう思っています。その代わり、人のクリエイティブな部分、例えば国宝級の左官屋さんの仕事のような技術が伝承されていくと良いと思ってます。当社は東京で旗揚げした 1881年を創業年度としていますが、元々は 1600年頃に京都で宮大工をやっていたのが起源なのです。人にやさしく付加価値の高いものが残る世界が理想ですね。2024年に竣工する新社屋の開発は「芸術と文化で地域に貢献する」という使命を持っているんですよ。隣がアーティゾン美術館、骨董通りにも面していて文化の香りのする地域ですから。岡西さんにも、いつかそこで個展をしていただけると嬉しいですね。
岡西:是非それができる表現者になりたいものです。日本の文化って、精神的な意味合いも強いですよね。書道、華道、茶道、武道などの「道」には、ただの技術だけでなく日本人ならではの精神も宿っていると思います。
今井:私は個人的には分別してごみを出すのも苦手なんですけれども、岡西さんと話して、改めて精神も整えて環境負荷の削減に取り組んでいかねばと思いました。本日はありがとうございました。
- ※六然:明の時代の、崔後渠(さいこうきょ)による言葉。自處超然、處人藹然、有事斬然、無事澄然、得意澹然、失意泰然。
- ※VUCA:変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑さ(Complexity)、曖昧さ(Ambiguity)という4つのキーワードの頭文字。現代の経営環境や個人のキャリアを取り巻く状況を表現するキーワード。
人手不足が加速していくなかで、企業はどのように若者を惹き付けていけばよいのでしょうか。若者世代の視点や行動特性に詳しいマーケティングアナリストの原田曜平さんをお招きして、組織が10~20年後にも強くあり続けるために企業に求められる視点や変化について、ダイアログを実施しました。
開催日時:2018年11月15日(木)
場所:戸田建設株式会社本社 会議室
原田曜平氏
マーケテイングアナリスト
「さとり世代」「マイルドヤンキー」などの言葉の仕掛け人。
少子高齢化が社会課題となりつつある時代のニーズに応え、若者のリアリティを追い続ける。
企業が今の若者とどう向かい合うべきかを書いた「若者わからん!」など、著書多数。
今井雅則
戸田建設株式会社
代表取締役社長
若者世代へ向けたメッセージは、彼らの言語・彼らの文脈で
今井:原田さんは長く若者研究をされてきて、各国比較調査からの知見も豊富だと伺いました。本日は、企業が現在の若い世代と向かい合う際に大切な姿勢について、伺わせてください。
原田:これから社会に出てくる日本の若者は、人生のほとんどを平成不況のもとで過ごしてきて、基本的に「頑張っても見返りがない」と思っている世代です。少子化が極まった社会で、相対的に多くの大人の加護を受けて育ち、激しい競争に晒されることに慣れていません。彼らの心を動かしたければ、まずはその世界観を理解して、彼らの言語・彼らの文脈でのメッセージングを考えていかねばなりません。
今井:胸にある期待としては、われわれ「ものづくり」の世界では、自分の仕事が形に残ります。現場は外国籍の方も多くグローバルな刺激もある。そのような点に、活躍の場としての魅力を感じてもらえたらと思うのです
原田:ある企業の白髪の経営者が「グローバル人財求む!」と強く語る広告を作りました。僕はそれを格好いいと感じましたが、今の若者にはダメなんです。彼らは、残念ながら、60歳まで同一企業に勤めるイメージは持っていない。壮大な事業計画を見せても「なんだかしんどいことさせられそう」となる。それより、入社2~3年目の社員が楽しそうにしている動画に「居心地がよさそう」と惹かれるんです。
今井:うーん、もっと夢のある取り組みを見てもらいたいと思うけど…。
まったりした世代。キーワードは「居心地のよさ」
原田:先行する成熟社会の様子も参考になります。パリの若者の典型的な休日は、まず一等地のシャンゼリゼ通りに行く。でも何も買わず、店にも入らず、人間観察して、ピカール(安い冷凍食品店)でピザとワインを買って帰って、ゲームしておしまい。まったり、お金を使わない。携帯常時接続で、仲間内で「いいね」をつけ合うSNS村社会を生きている。人手不足が進む中では、企業は一部の優秀な層だけでなく、そういう上昇志向のないマジョリティも採用しなくてはなりませんよね。そのためには、彼らが「居心地よさそう」と感じるよう、メッセージを和らげる必要があります。何を仕掛けるにも若者目線は大切ですが、今、かつてなく多くの企業がそこで躓いています。泥水を舐めるに近い歩み寄りと思われるでしょうが、そうでないと無視されてしまうのです。
今井:そうだとすれば、根本的に考え直すべきかもしれません。
原田:ウェブサイトの制作などでも、若手社員を巻き込んで意見を聞いて、なるほどという点を取り入れていくと、会社の見え方は変わっていきますよ。
少子化時代の母の望みは我が子が、自然体でいられること
今井:戸田建設は『ほんトダ!』プロジェクトでドラえもんに活躍してもらっていますが、業界全体としても堅いイメージの改善に取り組んでいます。
原田:建設業の評判はいかがですか?
今井:就職人気ランキングには入りません。親に「建設業には行くな」と言われてしまうこともあるので、まず、親にもファンになってもらわないと。
原田: その視点は大事ですね。若者向けの広告も商品開発も、今は特に母親重視の傾向が強く、母子施策が効く時代なのです。今時のお母さんは、我が子の就職に何を望むと思われますか?
今井: 「生活の安定」でしょうか?
原田:ここでも一番は「居心地のよさ」なんです!出世や安定よりも先に。
どんな若者にも、良質な環境を与え大事に育てていきたい
今井: 「やりがい」という言葉は若者には響きませんか?企業としては、社会の役に立つために事業をしているので、採用した社員には、社会的な役割を果たせる人に育ってほしいと思いますが。
原田:若者もそれを否定はしません。一定の就業時間内では充実した仕事をしたい。ただ、「仕事が好きだったら、徹夜で働いちゃうけど」なんて言うのは絶対にないですよ。労働時間に関する意識変革は、相当重要です!
今井:「ミッションコンプリート」の意識をもって勤務時間は極力短く、ですね。でも、「会社を出たら仕事のことは終わり」ではなく、自分の時間は、教養を得たり良い友達を作ったりすることに使ってほしい。環境は人を変えますから。そういうメニューを会社が提供するのはどうでしょうか?
原田:ずっとゲームしていたいのが本音という人も多いと思いますが、有難いと感じる人もいるでしょう。それこそ、若手社員と一緒に「こういうメニューがあるといいね」と、話し合って作っていかれてはいかがですか?
今井:職人の世界は「10年で一人前」という面もあります。良い仕事をするためには身体を作り、腕を磨かねばなりません。それが好きと言って入職してくれる若者もいるので、そんなに捨てたもんじゃないとも感じています。
原田:確かに、90年代は「格差の時代」と言われましたが、それが現在の若者の個人間格差に表れている側面もあります。アプローチは、二段構えで考える必要があるかもしれません。学歴を問わず、上質なモチベーションや経験値を持った人を確実に採って育てる傍ら、大多数のまったりした人は、まず「居心地いいよ」で誘い、次に「無理せず成長」という姿勢で着実に導いていくのが良いかもしれません。
若者の力を引き出すことに成功している組織の共通点とは
原田:一方で、今の若者はオリンピックでもよくメダルを取るでしょう。中身が徹底的な個人主義なので「自分のために」となると凄い力を発揮します。それをうまく引き出した例が、大谷翔平選手を育てた日本ハムの栗山監督。呼びかけも「お〜い、翔平!」と、上司と部下という感じではない。まず個人の目標を立て、その結果が組織の成果になるという考え方です。若手の採用・育成に成功して結果を出しているチームの監督や企業の経営者は、実は皆、似たことをやっています。組織を、管理的な「縦型」から、年次に関係なく相互に尊重し合い、風通しの良い対話ができる「横型」に変えることが、今時の若者の力を引き出す鍵です。
今井:個人の目標を追求した先に、組織の存続はあり得るのでしょうか?
原田:成功している「横型」組織は、自由度は高くても最低限の規律は厳しく締めています。「会社がこうだからお前もこうなれ」は通用しませんが。
今井:管理職から「自分が若い頃は結果を出して認められたかったが、部下は我が道を行くタイプ。言葉を尽くしても、どこまで伝わっているかわからない」と聞くことはありますね。
原田:今の若者は表面上は柔らかいので上の人は「のれんに腕押し」と感じるかもしれませんね。若者も上司の考えを理解したいとは思っていますが、価値観が違いすぎて、どう埋めていいか分からないのです。日本には儒教的な遠慮もあって、完全に風通しの良い組織に急変させるのは難しいでしょうから、会社として、中高年の世界観を若者に説明してあげるのも有効かも。僕らが新人の頃、上司に気に入られるために一生懸命カラオケでビートルズを覚えたりしたのは、その先に果実があると思っていたからです。今の若者はその果実を感じていませんが、筋道立てて説明すれば、案外耳を傾ける素直さもあります。手取り足取り、階段を設けてあげると気が付くのです。僕なんか、つい「そんなの自分で考えろ!」と言いたくなっちゃいますが、それは今の若者には通用しませんから…。
今井:10~20年後の会社を支えるのは今の若者ですから、その時、脆弱な組織になってしまわないように、真剣に向かい合っていかねばなりませんね。
若者は、いいと思ったら変化を起こす力も持っている
原田:今井社長とお話ししていると、若い世代にとって魅力的な組織になっていこうという強い思いを感じます。これは御社の本来の社風ですか?
今井:赤字に苦しんだ時代に「社風を変えねば」と皆で考えました。先の変化は予測できません。職人不足はAI化が補うのかもしれない。われわれの強みの病院がなくなる日が来るかもしれない。だから、事業内容や働き方のシフトは、常に意識して取り組んでいます。
原田:若者は、いいと思ったらワッと変化を起こす力も持っています。御社は歴史も実力もあり、本質的に人の心に響く良い事業をされています。堅いイメージの建設業界の中で「なんだか戸田だけおかしいぞ?」と抜きんでた存在になる可能性を感じます。是非、戸田建設の哲学と若者のポテンシャルの重なりを最大化して、「変わったもん勝ち」になっていただきたいです。
今井:本日は洞察に満ちたご意見をいろいろといただきました。ありがとうございました。