戸田建設の「戦略事業推進室」。ここは、社会のニーズを据えながら、建設以外のビジネスに挑む新進気鋭の部署だ。建築・土木事業と三位一体となって取り組む「不動産投資開発事業」、浮体式洋上風力発電に挑む「環境・エネルギー事業」、そして、グループ全体のビジネスを国内外へと広げていく「グループ事業」など、多種多様な事業への挑戦を続けている。その一つ、不動産投資開発事業では、ときに百億円ものお金を動かしながら、地域創生や土地の開発に取り組んでいる。彼らはいかにして、何もないところから収益を生み出しているのか。「戸田建設らしさ」を武器に、新たな価値の創造に挑む投資開発ビジネスの舞台裏を追った。
総合建設業の強みを活かして、土地建物の取得・リノベーション・開発などによる不動産価値の向上を目指す。全国主要都市の好立地物件を取得し、安定した不動産収益の上積みを図るとともに、既存ビル取得後のバリューアップや、大型物流施設の開発案件などにも取り組んでいる。
戦略事業推進室 国内投資開発事業部 国内投資推進部 投資推進課
2011年入社/建設工学課程卒
戦略事業推進室 国内投資開発事業部 国内投資推進部 投資推進課
2013年入社/法学部 法律学科卒
戸田建設は、もはや建物をつくるだけの会社ではない。建築・土木事業以外にも収益の柱を増やすべく、2017年に「戦略事業推進室」を立ち上げて新規事業の開発に取り組んでいる。その中で国内における不動産投資ビジネスを展開しているのが「国内投資開発事業部」だ。部長以下数名という少数精鋭チームで、北から南まで全国の物件を扱い、一つの案件で数十億円から数百億円規模の投資を行う。そんな不動産投資の世界では、何よりもまず情報収集がカギになる。ビジネスの原石となる有益な情報を、いかに早くキャッチするか。部内にもたらされる土地情報は年間1,000件以上に及ぶ。
あるとき、顧客である不動産ファンド会社から一つの情報が寄せられた。ある企業が保養所として所有していた約10,000坪もの土地があるという。場所は、岐阜県各務原市。その広大な土地を戸田建設が取得し、そこに新しい物流倉庫を建設した後、それを土地ごと売却しないか?という話だった。あらかじめ売却額を決めてから土地を取得し、建物を開発するフォワードコミット方式と呼ばれるビジネスモデルで、実現すれば戸田建設では初のフォワードコミット案件となる。投資総額は約80億円。このプロジェクトを受けるかどうか、社内での検討が始まった。
検討作業をチームの中心となって進めたのは、当時入社8年目のKだった。Kは建築施工管理職として入社したが、その後不動産ビジネスに興味を抱くようになり、作業服からスーツに着替えてこの部署の立ち上げに加わった人物だ。Kは、ファンド側との金額交渉を行うと同時に、様々なリスクを洗い出し、リスクの回避策を模索した。物流倉庫のような大型施設を建設するには、行政側の開発許可が必要になる。しかし通常のプロセスを踏むと開発許可を得るまでに約1年かかってしまう。ところが、別の条文に当てはまるように建物を計画すれば、開発許可を3ヶ月で取得することができる。そのような計画を立てた上で、きちんと利益を確保できるかどうか。Kはこうした懸念を一つ一つクリアにしながら、事業収支の見通しを立て、社内承認を得るためのストーリーを描いた。事業の見通しが立てば、社内の意思決定は早い。部署を統括する役員の承認を経て、取締役会からゴーサインが出る。売買契約の直前、取得する土地の境界を確認するために、Kはチームに加わったばかりのYと2人で現地に足を運んだ。そこに広がっていたのは、雑草が生い茂る広大な土地。真夏の陽射しが照りつける中、2人は雑草を掻き分けながら土地の境界確認を行なった。こうして戸田建設は、各務原の土地を取得。土地取得後には近隣からの協力要請で歩道の草むしりを行うなど、2人は汗まみれになりながら、不動産を扱う仕事の重みを知った。
各務原の土地を決済し、建物の設計作業を進めていると、同じファンド会社から今度は愛知県豊田市にある約11,000坪の土地での開発案件が持ち込まれた。総投資額約85億円、各務原と同じくフォワードコミット式で物流施設を開発するプロジェクトの第2弾だ。ある企業が開発目的で取得したものの計画が頓挫して野ざらしになっているという。物流施設の開発には農地転用等の行政手続きが必要となるため、売り主、買い主である戸田、そして竣工後の売却先となる不動産ファンド会社、設計施工会社が一体となって行政側に働きかけ、早期の契約を目指す必要がある。
ところで、こうした投資開発案件では、戸田建設はゼネコンでありながら建物の施工を行わず、他社に発注するケースが多い。施工費を抑えて売却益を増やしたいと考える投資開発部門と、施工によって利益を上げようとする建築部門の間で利益の取り合い(利益相反)が起きてしまうからだ。そのため、土地の購入検討と並行して施工会社の選定も進める必要がある。複数の設計・施工会社から見積もりを取り、社内の積算部門や購買部門にもアドバイスをもらいながら選定していく。ゼネコンとして適正な建設コストを見極められることは、不動産投資開発ビジネスを展開する上での強みとなる。こうして施工会社を決定し、豊田の土地も戸田の投資開発チームが取得することに決まった。
各務原では順調に工事が進み、豊田では建物の設計作業が始まった。そこにまた、ある仲介会社から新たな物件情報が舞い込む。先述の2案件とは異なり、今度は稼働中の物件の紹介だった。場所は沖縄県北谷町。嘉手納基地にほど近い、米軍専用の賃貸マンションだった。価格は2棟で約60億円。この話を聞いた時、Kはそれほど興味が湧かなかった。Kが狙っていたのは都市部のオフィスビル。沖縄の賃貸マンションと聞いても、内心ピンと来るものはなかった。しかし、上司である部長の反応は真逆だった。「これ買うぞ」。情報を見た瞬間にスイッチが入った。目をつけたのは、オーシャンビューという立地。この立地であれば、そう簡単に資産価値は落ちないと踏んだ。情報は何の前触れもなくやってきて、決断はいつもスピード勝負だ。「すぐに調査せよ」との指示がKとYに下り、2人はすぐに土地建物のデューデリジェンス(物件精査)に入った。物件の築年数も比較的浅く、事業収支の見通しも良好だった。当面は賃貸収益を見込みつつ、将来的には売却や建替、用途転換(コンバージョン)など、様々な選択肢を考えることができる。2人の報告を受け、すぐに役員が沖縄に飛んだ。そして取締役会の承認が降りる。まさに電光石火。情報取得からわずか3ヶ月という短期間で60億円という物件の取得に成功した。
各務原、豊田、北谷と3つの案件が重なったものの、KとYは手分けをしながらプロジェクトをスムーズに進めていた。ところが、豊田のプロジェクトで問題が発生する。工事開始の直前になって設計変更が入り、施工会社からの見積額が契約前に合意していた金額よりも大幅に上がってしまったのだ。金額面の折り合いがつかなければ工事に入れず、プロジェクトの行方も危ぶまれる。
こうした難しい局面で問われるのが、戸田建設の存在意義だった。建築施工のプロとしての視点を交えながら3者が納得できる着地点を見出し、プロジェクト全体での収益を最大化すること。それがこのプロジェクトにおける戸田の役割であり、戸田が不動産投資開発を手掛ける意義でもある。なぜ大幅な値上がりとなったのか、その要因を分析し、本当に必要な設備や仕様だけを見極めていく。と同時に、社内の購買部門や積算部門に問い合わせて適正な価格を割り出し、見積額が高ければ施工会社と交渉し、どうしても値下げが難しいものに関しては、ファンド会社側にきちんと説明をする。ファンド会社と施工会社の間に立って、きちんと筋を通すこと。どんなときも妥協することなく、誠実に向き合うこと。「戸田建設らしさ」を体現したKとYの対応によって、豊田でも無事に着工を迎え、工事が進められていった。
豊田のプロジェクトが着工した少し後、工事が進んでいた各務原では竣工間近となり、ファンド会社側との売買契約が結ばれた。竣工後に土地建物の決済が行われ、ついに売却成立。情報入手から約2年半に及んだ戸田建設として初のフォワードコミット案件が完了した。プロジェクトを振り返ってKは言う。「各務原プロジェクトは、事業主という立場で土地の取得から売却まで行った最初の案件です。戸田建設の投資開発事業の第一歩として、大きな意味を持つプロジェクトになりました」。
そしてそれから8ヶ月後、豊田の工事も順調に進み、いよいよ竣工の瞬間を迎えた。顧客、施工会社、そして戸田建設、三者が腹を割って壁を乗り越え、同じゴールにたどり着く。買い主である不動産ファンド会社の担当者は、涙ながらに「良い建物をありがとうございました」と感謝の気持ちを述べた。KとYの2人は口を揃えて「人でつくり上げた案件だった」と振り返る。「人がつくる。人でつくる」。単なる金儲けではない、血の通ったビジネス。だからこそ、戸田建設の投資開発ビジネスは面白い。