私たちの暮らしを支える高速道路は、その多くが高度経済成長期に建設され、全国的な老朽化が課題となっている。北海道の物流を担う「道央自動車道」も例外ではなく、建設から40年近くが経過した夕張川橋は大規模なリニューアル工事が必要になっていた。その工事を請け負ったのが戸田建設だ。戸田は、この現場に開発したばかりの新工法を導入。道路の通行を止めることなく、いかに効率よく工事を進めるか。「北の大動脈」を舞台に、チーム一丸となって挑んだプロジェクトを追った。
床版とは、橋桁より上部の構造部材で路面の土台となる部分。床版取替工事では、老朽化した既存の鉄筋コンクリート床版を撤去し、新たに耐久性の高い工場製作のプレキャストPC床版を並べていく。上下線各2車線の計4車線を交通規制によって対面通行させながら、床版取替工事を進めた。
札幌支店 土木工事部 工事室
2002年入社/工学部 土木工学科卒
札幌支店 土木工事部 工事室
2019年入社/工学部 建築社会基盤系学科卒
首都圏土木支店 土木工事1部 工事2室
2019年入社/工学部 社会環境工学科卒
札幌支店 土木工事部 業務推進課
1990年入社/工学部 土木工学科卒
石狩平野を流れる夕張川にかかる橋梁の上、車や大型トラックが次々と通り過ぎる横で高速道路の土台となる床版を取り替えるという大規模工事。現場となる道央自動車道は、北海道の物流を支える大動脈だ。いかに安全に、素早く、より耐久性の高い床版に取り替えるか。交通規制を伴う工事となるため、工程の遅延は許されず、定められた期間で確実に工事を完了させなければならない。
この難しい現場を任されたのが、入社21年目を迎える所長のYHだった。これまで稚内から沖縄まで数々の現場を経験してきたYHだが、橋梁や高速道路の工事はこれが初めてだった。しかもこの工事では、戸田建設が開発した床版工事の新技術を実施工で初めて採用することが決まっていた。高速道路上は事前に調査に行くことも難しく、そのような中で、前例のない新技術を成功させなければならない。発注者であるNEXCO東日本や戸田建設社内からの期待値も高く、YHの肩には大きな重圧がのしかかった。
床版取替工事では、耐久性の高い床版を事前に工場製作し、それを現地で接合させることで工程の短縮を図るプレキャスト工法が採用されている。しかし従来の工法では、ループ継手と呼ばれる接合部分に30cmほどの隙間があり、その隙間を埋めるための鉄筋コンクリート工事を行わなければならず、接合部を完成させるには多くの人手と工程が必要だった。そこで戸田建設は、ループ継手部のさらなる工期短縮を目指し、床版の新たな接合技術の開発に着手。C型とT型の金具を組み合わせる独自の継手構造によって接合部の隙間はわずか20mmという、その名も「すいすいC&T(キャット)工法」を生み出した。これにより、従来の作業工程を約20%削減、さらに100年相当の疲労耐久性が証明された画期的な新技術だ。この新工法を実際の工事において成功させるため、YHは本社設計部や開発部との意見交換、発注者との協議に追われた。
「正直、若手に任せるとか育てるとか、そんな余裕は一切なかったです。自分自身に知識もノウハウもないのに、人に任せるなんてできないので」。YHは工事のプレッシャーを振り返りながら、こう続けた。「だから、みんなで一緒になってやったという感じですね」。ここは大現場でありながら、若手社員が多く配置された現場でもあった。間違っていてもいいから、気づいた疑問や解決策があれば声を上げる。すぐに皆で共有し、話し合う。そうやって一歩一歩、工事を進めていった。
入社4年目の施工管理担当、THとMもその一員だった。二人は言う。「所長に頼りっぱなしになるのではなく、自分たちでできるところは協力会社と相談しながら進めていきました」。「それでも、所長が現場に来ると、自分たちが気づいていなかったことにパッと気づいて改善策を示してくれたりと、視野の広さや引き出しの多さは勉強になりましたね」。所長自らが先頭でがむしゃらに工事に立ち向かい、その姿を見て若手が必死に食らいついていく。それが、この現場の流儀だった。
そんな若い現場を陰ながら支えたのが業務推進課のSだった。作業所では日々、施工計画書をはじめ様々な書類の提出が求められる。発注者からの要求は高く、提出の期限も短い。Sは作業所常駐の事務スタッフと共にそうした書類の作成を引き受け、皆が現場に集中できるようサポートに徹した。朝、Sが作業所に出勤すると、若手はもう現場に出払っている。夕方、退勤する時間になっても、まだ現場からは誰も戻ってこない。そんなすれ違いが、現場の忙しさや若手の頑張りを感じさせた。
Sは施工管理歴30年を誇る大ベテランでもある。ただ資料を作るのではなく、ときに若手に考えさせながら、そっと自分の経験やノウハウを伝えていった。
床版取替工事の施工にあたっては、必ず交通規制が伴うことになる。道路の交通規制には、道路構造令などの法令を含め様々なルールが定められている。例えば、交通規制により制限速度が50km/hになる場合、車線や路肩の幅はどれくらい確保すべきか。非常駐車帯をどこに設置するか。その上で、施工時に使用する仮設防護柵をどこに置いておくかなど、定められたルールの中で、車の流れを止めないような計画を立てる必要がある。その規制計画を担当したのが施工管理のMだった。
今回の工事は、春季施工と秋季施工の2段階で施工する計画で、春と秋では規制方法が異なっていた。春季は、上下線4車線のうち上り車線を全面規制する「全断面施工」で、下り線の追越車線を上り線として運用する計画。秋季は、春と比べて交通量が多くなることから、上下線4車線のうち3車線を使用する「半断面施工」を取り入れた。この半断面施工では、午前と午後で進行方向を切り替える必要があり、より複雑な規制計画が求められた。Mは頭を悩ませながらも、規制を行う協力会社との打ち合わせを密に行い、細かく課題を抽出しながら発注者や道路管理者との協議を重ねた。通行する車への誘導案内も含め、緻密な計画を練り上げ、床版取替工事の準備を整えた。
春季施工で、いよいよ「すいすいC&T工法」による床版の取り替えが始まった。実施工で施工管理を担ったのはTH。設置する床版は全部で161枚。1日6枚のペースで並べていき、約30日で完了させなければならない。THは、本社技術部や設計部の意見も参考に、綿密な施工計画書を仕上げていた。
しかし、実際に床版を剥がしてみて初めて判明することも多くあり、工事は設置初日から苦戦を強いられた。初日は深夜まで作業を行なったものの、翌日に持ち越しに。「これから1ヶ月間同じことを行うのは不可能だと思いました」。THが不安になるのも無理はなかった。それでも工事を止めるわけにはいかない。現場の状況や道路の線形に合わせて細かい調整を繰り返しながら、一日一日、慎重に工事を進めていった。次第に現場全体の呼吸も合うようになり、少しずつコツを掴んでいった。終わってみれば、予定通りに工事を完遂。最後の床版架設が終わった時には、現場に拍手が沸き起こった。その後、道路の舗装工事を行い、車線規制を解除して初めて車が通過した瞬間は、現場の皆にとって忘れられない光景になった。
春季施工における「すいすいC&T工法」の成功は、今後も全国で高速道路のリニューアル工事が進む中で、戸田建設の存在感を高める試金石となった。そして、工事の収穫はそれだけではない。「会社でも前例のない工事をまだ4年目の私がメインで担当し、無事に終えることができたのは大きな自信になりました」。THがそう語るように、若手が成長し、自信を手に入れた現場でもあった。Mも言う。「実績のない新工法の現場に、自分を含め若手が多く配置されていることに、戸田の人財育成の取り組みを感じました」。
そんな若手の成長を最も感じていたのは、やはり所長のYHだった。「当初は若手に任せる余裕なんてありませんでしたが、そんな状況下でTHにしろMにしろ、私が言わなくても自分たちで動いて『あの件はこうしておきました』とか『これでどうですか?』という答えが出てくるようになりました。秋季施工はこれからですが、気になるところだけ打ち合わせして、あとの実務は任せるというスタンスに私の中で完全に切り替わりましたね」。ベテランSも目を細めて言う。「私が書類作成の件で所長に何かを尋ねると、『その件はTHに聞いてください』とか『Mが詳しいから彼に聞いてください』という言葉が返ってくるんですよ。彼らに対する所長の信頼が伝わってきましたね」。
やったことのない工事でも、役職や年齢に関係なく、一人ひとりが自分なりに現場に向き合う。そして、気づけばひと回り逞しくなって、また次の現場へと向かっていく。それが戸田の土木の日常である。