都市を支える防災施設を、
常識にとらわれない工法でつくる

城北中央公園
調節池

東京都北部を流れる一級河川、石神井川。その流域の水害対策として、都立城北中央公園計画地の地下に洪水を貯留する調節池を建設した。挑んだのは前例のない、大型ニューマチックケーソンの近接2函同時沈設。極めて高い技術力が必要とされた。局地的集中豪雨が日本各地で増加するなか、地下の調節池はこれからの都市を支える重要な防災施設。7年近い年月をかけ、狭隘地の難工事を成し遂げた。

2函の間はわずか2m。
大型同時沈設という
前人未到の挑戦。
技術部門 加藤北人
本工事が大型ニューマチックケーソンの近接2函同時沈設として計画されたのは、狭隘な敷地に、いかに短工期で調節池をつくるかにあったと言えます。当該地は、石神井川に沿った、幅50mにも満たない細長い施工ヤード。そこに、およそ35m×80m の鉄筋コンクリート造ケーソンを2函、地下約35mの深さまで沈める。2函の間はわずか2m。総面積5000㎡を超える規模で、ここまで近接した同時沈設は前例がありません。想定外のトラブルも起こりうる、しかし成功すれば土木工事の歴史に新たなページを刻むくらいの挑戦で、個人的にはその難しさがむしろ、モチベーションになりました。
2函体の同時沈殿。その離隔はわずか2m
技術部としてはまず最初に、実現への「手立て」を考えるところで、相当苦労した記憶があります。 1番のハードルは、2函の間の「2m」を保ち続けること。狭くなっても離れてもダメで、間隔を保つアイデアがなかなか出てこない難題でした。こうなるはずだ、という思い込みや「たぶんできるだろう」という楽観的な見通しだけでは、工事は始められません。事前に、解析ソフトでシミュレーションを試みるも、2つの独立したものが別々、かつ同時に沈んでいく事象を解析したことなんてありませんでしたし、解析事例のある専門家もいませんでした。
約9万㎥(25mプール約300杯分)が貯留可能な深さ約30mの地下箱式の調節池
さまざまな解析ソフトで多様な解析を実施したものの、コンピュータの計算が思った通りには回らず、エラーが出て止まってしまうことも100回以上。計算を最後まで終え、数字的な根拠を示すだけでも、およそ半年はかかる作業で、施工までの道のりにまずは1年半近く。発注者、専門業者、当社が一体となり、とにかく懸命に作業計画を練った、というのがこのプロジェクトの始まりの特徴的なところです。
1函当たり幅33.4m×延長80.3m×高さ35.3mの鉄筋コンクリート造の函体(ケーソン)は、地上で構築した後、地下に沈められた
持ちうる力を100%発揮する
ために
最新技術を活用し、
議論を積み重ねる。
函体の壁の中に、通常よりも多くの計測器を入れ、沈設中の土圧や地下水位の高さを細かく測定できるようにしたのも、今回の重要な作戦のひとつです。リアルタイムで表示される計測器からの値に異常があれば、対策会議を開き、掘削方法を改善する。高低差も大きくはつけられません。高さの違いが出てしまうと、片方の沈む力がもう片方に伝わり、壁を壊してしまう恐れがあるからです。2函の最終的な高低差規定は10cm以内。日々の予期せぬ数字の動きを敏感にキャッチしながらの工事で、私も現場も気が抜けませんでした。 
3D CADと3Dプリンターで製作した立体模型で何度も試行錯誤を繰り返した
ここまで難しい工事を成し遂げるために必要なのは、設計・技術・施工に携わる全ての人が、それぞれの「持ちうる力」を100%発揮することだと思います。土木工事の経験や知見が豊富であっても、今回は何もかもが初めての挑戦。その仕組みやリスクを本当に理解して取り組まないとうまくいかない。そのために、技術部の私ができることとして試みたのが、3D CADと3Dプリンターを用いて製作した3Dモデルや立体模型を、現場の会議で活用することです。当時はまだ3Dプリンターの導入は稀だったと思います。

没入感のある3Dモデルや立体模型を手に話し合う、というのは、複雑な工事を素早く理解するのに、とても有効だったと感じています。例えば2時間程度の現場会議の、最初の10分で全員が要点を掴めれば、トラブルの対応に対しても、解決に向けたアイデアがいくつも出てくる。発注者・施工者・協力会社の皆様、全員が100%発揮できる状態をいかに保つか。そこに注力したことも、近接2函同時沈設の成功の大きなポイントだったと思います。

都市の狭隘地での難工事を安全に。
綿密な作業計画と準備工事。
施工部門 渡辺尚也
2mは近いと思います。函体を構築するための足場を考慮しての間隔が2m。「技術的な課題全般」に対してだけでなく、現場としては、工事自体の安全性、作業の効率化と周辺環境への配慮にも数多くの課題があり、計画当初から、相当のプレッシャーを感じていました。
黒く見える溝が離隔2mの鉄筋コンクリート造の2函体(ケーソン)を繋ぐ上部の接続部
石神井川と都立高校の間の狭隘地。環七、環八、川越街道という3つの幹線道路に囲まれており、行政区画も板橋区と練馬区にまたがっているため、車両の動線をどうするか。これだけの大規模な工事ですので、搬入するコンクリートは1日最大約1000㎥。掘削して搬出する土も1日700㎥くらいになります。検討の結果、搬入と搬出のゲートを分け、車両は練馬側から入って板橋側から出る、というワンウェイでの管理とし、場内に工事用道路を整備。その工事用道路の上に仮設構台を建て、資材置き場とするなど、準備工事に1年近くかけました。都市の狭隘地でなければ、もっと楽に計画が立てられただろうとは思います。

ニューマチックケーソン工法は、函体の下部に作業室を設け、ケーソンショベルを用いて掘削・沈下させていきます。函体の沈設期間は、約1年6ヶ月。沈設中、作業室の空気を漏出させないようにする、というのも非常に重要なミッションでした。掘り下げていくと地下水が出てくるんですね。深ければ深いほど地下水圧は高くなる。そのため、作業室に圧縮空気を送り込み、地下水の侵入を防止するのですが、気圧を上げ過ぎてしまうと、作業室から圧縮空気が漏れ、周辺の井戸や地下室に噴出する可能性があります。周辺には公園や住宅もあり、地域住民のみなさんの生活そのものに影響を与えるようなことは、絶対にできない。都市防災に貢献するインフラ工事を、都市がゆえの条件下で安全に成し遂げる。全力で取り組みました。
函体(ケーソン)最深部から見上げた様子。内部は4層になっている
7年近くにわたる大工事は
「これから」に役立つ貴重な経験値
沈設完了から工事完成までは、約2年半。調節池として機能するための仕上げの部分と言いますか、調節池に洪水を取り込むための取水口や、内部に階段を構築し、2函体を接続する工事も必要となります。取水口は護岸の一部を壊してつくるので、作業中、川の水がどうしても工事エリアまで入ってくるんですよね。増水すると、工事用に設置した河川内の鉄板の止水壁を越えて、泥や草も入ってくる。現場に入った泥や草を、水位が下がってから取り除き、清掃して、作業を進めて、また入って、清掃して……。その繰り返しでした。
取水口から最深部まで、水が流れ落ちる減勢スロープの角度は52度
「城北中央公園調節池」全体としては、今回の2函(1号、2号)までが一期で、今は3函(3号、4号、5号)の内、2函(3号、5号)を構築し沈める二期工事に着手しています。最終的には、5つのケーソンで約25万トンの水を貯留できる施設になります。まずは一期を7年近くかけて完成させることができ、調節池内部を見上げた時の感想は、「よくできたな」です。プレッシャーが相当あったと言いましたが、プレッシャーと同時に、この難しい工事の現場を、監理技術者という立場で携われることにやりがいも感じていました。

今回の工事に取り組む気持ちの根本にあるのは、地域の治水安全度を高める施設をつくることへの責任感です。日本各地の水害のニュースに触れるたび、この施設の必要性を強く感じさせられますし、近年の水害の多さを考えると、地下の調節池は、これからもっと必要とされる施設だと思います。「城北中央公園調節池」は、その「これから」に役立つ、貴重な経験値。二期工事も安全にやり遂げたいと思っています。
ニューマチックケーソン工法により地上でつくられた躯体を掘削作業で地下に沈める様子

技術の進歩に繋がるほどの、
前例のない挑戦。
早稲田大学 教授 小峯秀雄
今回の大型ニューマチックケーソンの近接2函同時沈設は、針の穴を通すに近い、非常に困難な工事だったと思います。平面寸法が約80m×33mで高さ約35mの函体を2mの離隔で、2函同時に沈設。ぶつけてしまえば、壊れてしまう。難しいけれど、雨の降り方が極端化している今、より一層の治水整備をしなければ、浸水被害が繰り返し起きてしまう。戸田建設の方々は社会の安全のために、いち早く、我々の力でなんとかしよう、という気持ちで工事に取り組んでいたのではないでしょうか。私は地盤工学の研究者として、科学的な根拠をもとに今回の計画の注意点などをアドバイスさせていただいたのですが、現場のみなさんはさまざまな困難に直面しますので、とにかく必死だったと思います。

土木技術者は「地球のお医者さん」で、実際に施工をするというのは地球の外科手術をするようなものだと私はよく言っているのですが、その「地球のお医者さん」たる土木技術者に求められる資質は、実績をしっかり積みつつ、実績にとらわれない斬新な「発想」ができること。障壁を打ち破り、新たな可能性を切り拓く「気概」を持っていることでしょう。今回の工事は未だかつてない手法での外科手術に挑むようなもの。執刀医たる戸田建設としては不安も大きかったと思いますが、挑戦する気概と斬新な発想なくしてはできなかった、画期的な事例だと思います。

研究者の目で見ると、大型ニューマチックケーソンの近接2函同時沈設は前例のない挑戦だからこそ、科学的な興味が湧く、ワクワクするような工事でもありました。先行して完成した一期工事でも、さまざまな科学的な解釈が生まれ、新たな視点がいくつも見つかったと聞いています。土木技術者は真面目で粛々と仕事を成し遂げ、あまり自分たちの業績をアピールしないのですが、今回はもう堂々と誇っていいのではないでしょうか。  
地下の調節池は都市を支える防災施設となる
ケーソンの技術革新は、
治水・利水の可能性を広げる地下利用の要。
東京をはじめ都市部の防災は、地下をうまく使っていくことが、これからますます重要になってくると思います。ニューマチックケーソンは、水圧の高い場所や軟弱地盤での作業にも適しており、今後増えていくであろう地下利用の要であると私は考えています。今回のように近接した施工も可能で、複数の函体を繋げることもできる。掘削スペースが狭いため、周辺への影響も比較的小さい。実際に東京都ではケーソンを用いての治水事業を進めていますが、これからもっと他の首都圏でも展開していく必要があると思います。流域治水は、河川の周りに広い土地があれば、水平展開ができるわけですが、都市部での水平展開は現実的ではありません。

治水と同時にもうひとつ、私がケーソンに注目しているのは、水を使う・利用する、「利水」の可能性です。最近の雨は一気に、大量に降る一方で、降らない時はまったく降らず、ダム湖の渇水による水不足が問題になります。一気に降る時の浸水対策として「城北中央公園調節池」のような防災施設を造るわけですが、そこで溜めた水をすぐに流してしまうのではなく、渇水対策に使うことができるのではないかというのが、私の意見です。昨年の夏は、最高気温が40℃を超えたというニュースを何度も耳にしました。気温が30℃と40℃では、水の蒸発速度は1.7倍も大きくなります。地上のダム湖に溜めている水は干上がってしまう。地球の気候変動により気温が40℃になる現状をしっかりと見て、「利水」を含めた地下のインフラ整備をしていく必要があると思います。

ニューマチックケーソンの技術は、世界でも日本がトップレベルです。建設会社のみなさんが共同でディベロプメントしてきた歴史的背景もあります。土木技術者たちのまさに「気概」が、この分野を発展させてきた。これからも技術開発を進め、ぜひ、未知の世界へのチャレンジを続けてほしいと願っています。地盤工学はマニュアルのない世界。地下は100m先ですら、解明されていないこともまだ多く、ロマンのある分野です。物理、化学、数学……全ての学問を総動員してのチャレンジになると思いますが、だからこそ面白い。今後が楽しみです。
取水口内部の空間。越流堤(斜面)を越えた水は、右側のスクリーンで流木等の侵入を防止し、調節池内部に取り込まれる
石神井川が増水すると取水口から水を取り込んで水害を軽減。奥では二期工事が始まっている

  • 約9万㎥(25mプール約300杯分)が貯留可能な深さ約30mの地下箱式の調節池
  • 1函当たり幅33.4m×延長80.3m×高さ35.3mの鉄筋コンクリート製の函体(ケーソン)は、地上で構築した後、地下に沈められた
  • 3D CADと3Dプリンターで製作した立体模型で何度も試行錯誤を繰り返した
  • 黒く見える溝が離隔2mの鉄筋コンクリート製の2函体(ケーソン)を繋ぐ上部の接続部
  • 函体(ケーソン)最深部から見上げた様子。内部は4層になっている
  • 取水口から最深部まで、水が流れ落ちる減勢スロープの角度は52度
  • ニューマチックケーソン工法により地上でつくられた躯体を掘削作業で地下に沈める様子
  • 地下の調節池は都市を支える防災施設となる
  • 取水口内部の空間。越流堤(斜面)を越えた水は、右側のスクリーンで流木等の侵入を防止し、調節池内部に取り込まれる
  • 石神井川が増水すると取水口から水を取り込んで水害を軽減。奥では二期工事が始まっている